2019年7月25日木曜日

三十一通目 2019年7月25日

松原さんへ

 そろそろ、ベケットの『モロイ』の読書会が近付きつつありますね。『百年の孤独』同様、長年取り組んできて結局読み通すことの出来なかった本書に再び取りかかり、おそらくは読み終えられるであろう事は、とにかく良かったです。とにかく、というのは、僕としては多少無理があっても『モロイ』の全篇を読み通した上で、現実に会う人々と読書会を展開したかったということがありますが、それは自分の達成感とか見栄なども含まれていてそれほど強い思いでもない上に、現実的に自分自身にしてからが確実に読み終えられようものかわからないということも頭を掠めるからです。僕は保坂和志からベケットに入ったので、保坂が言っているように、読んでいる時の高揚感を維持することと、読了すること、全てを読んで再び本棚にしまい込むこととは全く別の体験であるという彼の立場を多かれ少なかれ支持しなければいけないと感じるし、それは幾分か内面化されている所でもあります。
 ウサギさんとのトークの未公開分で話したのですが、ウサギさんは特定のハマり込む作家というものがいないそうなのですが、僕は一人にハマるとまずそれだけになってしまいます、今はそれほど情熱的に気に入る作家というのは少なくなりましたが。ただ、それを以て読み終わらずに済むといった風に自己弁護するわけにはいきませんね。保坂も、繰り返し読まざるをえないほど引き込まれる読書について、そう言っているわけなので。しかし、それだけじゃない含みもどこかにある。いずれにしろ、読んだことの自分への効果だけを常に見るべきだという事は、彼から学んだことの中にありました。もっとも、功利主義的に読むことも否定するわけですが、「それを読んで、あなたは何を得ましたか?」といったような。問題なのはこの口調でしょうか、フーコーが「お前は一体どこから来た? 名前は? 所属事務所は?」と聞きただす警官の尋問に例えて言っていたような、無言の圧力。まるで悠然と沸き上がる思想の萌芽を摘み取るような……まあそんな屁理屈をこねずに、ベケットの一番の名作と言われる小説を、これからも繰り返し読んでいきたいと思います。それからわかることもあるのでしょう。

Pさん

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