2019年8月27日火曜日

三十六通目(終) 2019年8月27日

Pさんへ
 
 先週末、神保町ブックセンターで行われた、クロード・シモン『路面電車』(白水社・平岡篤頼訳)読書会、お疲れさまでした。
 私はそれに伴い2泊3日の東京旅行をしたわけですが、昨夕に帰郷して、鼻の頭は赤く腫れ、左足の腱は痛み、財布は軽く、荷物は極限に重く、いまこうしてポメラを打ち込んでいてもアリス・アドベンチャーズ・アンダーグラウンドでもしてきた心持ちです。
 鼻頭には化粧水を噴霧し、腱にはアンメルツヨコヨコを何度ととなく塗布し、野菜料理でカロリー過多の外食を緩和ケアし、新宿で購入した中古CD8枚傾聴も2周目に突入し、ようやく体調が恢復してきました。
 その折々に谷崎潤一郎『春琴抄』を読み進めてもいます。これはTwitterで偶然知り合った、ざーさんオイルさんの短篇「吊」に触発されて手にしました。ざーさんさんとは9月中旬に『細雪』読書会の企画も立てていて、これは「山羊の大学」として冊子にまとめてみようと思っています。
 さて、去年の夏くらいから人との出合いが加速し、数多くの交流を持つようになってきました。これも2014年の崩れる本棚との邂逅、そして2017年からの生存系読書会がなければ起こらなかった事態といえるでしょう。その点においても、Pさんとウサギノヴィッチさんには感謝しても感謝しきれないです。これからもよろしくお願いします。
 来月末には、去年から散々告知してきた合同誌「前衛小説アンソロジー 何度でも何度でも新しい小説のために」の締め切りもあります。Pさんに私から編集権を委任したわけですが、なにか問題があればなんなりと相談してください。
 これで、今年の1月にスタートした生存書簡も終わりになります。最終回、近況報告と告知だけになってしまい恐縮至極です。私は議論が深まりつつあるところで問題の深層を回避し、あまり結論めいたものを出さないように努めてきた嫌いがありました。多用してきた表記の「」(括弧)は判断の「保留」だったわけです。反省しています。
 これはあくまで一期の終わりであり、完全終結ではない、とまあ先のことはわかりませんけど、いちおう現時点においてはそう宣言しておきたいと思います。
 長丁場、みなさんお付き合いくださり、ありがとうございました。それでは、再見。
 
松原

2019年8月21日水曜日

三十五通目 2019年8月21日

松原さんへ

 夏が終わろうとしています。ドゥルーズの言うように、人の孤独である権利を邪魔しないような共振・共鳴を生み出すというのは、難しい事です。確かに、我々は例えばベケットとか、ヌーヴォーロマンとかいった、小説性を押し詰めたような極を見つめるといった場面に差し掛かっているわけですが、それだけでは何かが欠けていると思わされます。水道料金の民営化に対する政府への意見箱のようなものが今日で締め切られると言う事で、一部で話題になっています。兄が「AIが今後進化していって、神にも等しい存在になり始めたとき、我々はどう振る舞うべきか」と訊いてきたので、「それは計算機科学に属するのでは無く神学に属する」といった返事を、確か行いました。「どう振る舞うべきか」、といった決然とした言い方はしていなかったかも知れません。最近体調が悪く、あまりまとまって物を考えられなくなってきているのですが、自分でそう言いつつ言い訳のように感じられもし、根本的に物を考えられなくなってきているのではないかとも思います。『路面電車』の中でシモンが、ブリューゲルだボッシュだというあの時期の絵画について触れている箇所がありましたが、まさにシモンは良くも悪くも視覚的なヴィジョンをつねに問題にしている作家だと思いました。それだけではないけれども。『狂気の歴史』の冒頭にある、視覚的ヴィジョンにおける狂気の表現と、人文学者のそれと、という箇所。今回の読書会に伴いリカルドゥーという、『テル・ケル』の中心人物の一人の評論を読んでいたのですが、ほとんどがサルトルへの反論で埋め尽くされていてなんだか憔悴しました。いっそのこと散歩でもした方が良いのかも知れませんが、この暑さではどうしようもありません。文芸の未来というより、無印の『未来』というものが、本当に存在する物かどうか、疑問でなりません。
 最後の往信にふさわしくない悲観的な調子に終始してしまいましたが、無軌道に始まった企画ですので、そんな風に終えるのも良いかと思っています。今手につかんでいる物を手がかりにし、ひたすら進んでいくしかないですね。1月から毎週のこと、お付き合いありがとうございました。

Pさん

2019年8月13日火曜日

三十四通目 2019年8月13日


Pさんへ
 
 昨日、私は地元の図書館でグリフィスの『散り行く花』(1919・米)を観ました。館内の視聴ライブラリーでビデオを鑑賞するのは本当に久しぶりのことでした。資料を引っ張りだしてみたところ8年ぶりでしょうか。「2011/10/21」の『いとこ同志』がもっとも新しい記録です。私の記憶が確かならば『二十四時間の情事』が最後だったような気もします。現存の「利用者券」には『タイム・オブ・ザ・ウルフ』『非情の罠』『十九歳の地図』『カーネギーホール』『コード・アンノウン』『突撃』『死の接吻』『イタリア旅行』『蜘蛛女のキス』『悪魔スヴェンガリ』『審判』『2001年宇宙の旅』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『存在の耐えられない軽さ』『パンドラの箱』がありました。散逸したもののなかには『ビッグ・コンボ』があったことくらいしか思いだせません。これからはまた気まぐれに映画を図書館で観ていきたいです。
 さて、前回のPさんの返信で、この「生存書簡」(一期)の今月いっぱいでの終了を伝えていましたね。長期間、お疲れさまでした。8月27日の私からの書簡で一旦終わりとなります。来春には二期の開始を考えていますが、Pさんはラジオやノートなど企画が目白押しで、私のほうもいろいろと身辺騒がしいので、ここらがいい引き際です。
 定期的に読んでくれていた方もおられたようで、連載中はたいへん励みになりました。トートロジーが散見したと反省しますが、今秋には冊子化を予定していますので、よろしければお目汚しに。
 では、私からもPさんからも、あと一回ずつなにがしか未来への問題提起ができればいいです。

松原

2019年8月9日金曜日

三十三通目 2019年8月9日

松原さんへ

 光に満ちた空間でもなく、闇に浸された空間でもない、単にあるだけといった灰色の空間を好んでベケットは選んでいましたね。私達がどういう空間に属しているのか、どうそれを認識しているのかといったことは重要な問題であり、それを描くことは小説の責務の一つであると感じます。個人的なことですが、明日うちの家族が全員久しぶりに実家に集まります。あまり過去をなつかしがってばかりいてもネタ切れになると思いますが、自分のよって来るルーツを振り返ることは創作上においても大きなできごとであるように思います、じつに個人的な事ではありますが。前に語ったことがあるかもしれませんが、松原家の礼二さんのように、私にも表現活動の手本にもなり遠くあおぐような存在になった兄がいます。建築の分野でビックリするような規模の成果をあげているのですが、大学の卒業制作はやはり、わが家のルーツをとても強く意識したものでした。それと同時に社会に対する実にクリティカルな疑問を呈するものでもあり、それゆえに単に作品として受け入れることを拒んだ先生方と賛否が分かれ、結局大賞は逃してしまったとの事です。その作品とコンセプトを見せられた時の衝撃は今に至るまで尾を引き、今でもあの作品を頭に思い描いて手を組んで「何だあれは……」と考え込むことが度々あります。ジャンルは違えどあれに匹敵するような小説が果して自分に書けるのかどうか、兄もそれを望んでいましたが情熱というものから置き去りにされたようになっている今ではそれももう不可能なのではないかと思えてしまいます。信じられないような暑い日が続いています。名古屋の旅においてはずいぶんお世話になりました。名古屋名物を食すことが出来たのは幸いでした。読書会の帰り、暑すぎる道すがらお話ししたところで決めた事ですが、そろそろこの生存書簡に一旦区切りを付けようということになりました。今月中で第一期が終了するという体で、互いに抱えている企画も多くなってきた所で、僕も難儀になってきた所でした。この生存書簡も枚数は今までの所で百枚は超えている目算なので、分量としては十分なのではないかと思います。
 クロソウスキーの『ニーチェと悪循環』を長い事図書館で借りては返ししていたのですが、哲学書房刊行のものでずいぶん重いので先日文庫版を購入しました。これも『モロイ』『百年の孤独』と同じで、取っかかりの所だけ何度も挑戦しては挫折している本のひとつです。長さもさることながら、余りに書いている内容の散漫としていることが原因だと言い訳のように考えますが、クロソウスキーもニーチェのある重要な部分を引き継ぎ、それに導かれるようにしてそういう書き方を余儀なくされたのでしょう。何が継がれて何が単なる模倣であるのか、直感でわかるような気もするのですがそれも簡単には言えない所です。クロソウスキーの著書のことも、保坂和志の小説論から知りました。そろそろ、何かに従うということにけりをつける頃かもしれません。
 最近、読書会を、それも大部のものを相手取りつづけていることによって、本は一回限り読むのではわからない取り逃す所が山ほどあり、これから何度も読むことになる本の最初の一回を読んでいるのだということ、読書とはそういうものであるということが段々にわかりつつあります。気の長い、業の深い話だと思います。自分自身の言葉だけで語ることは、どうにも薄っぺらくなりますね。それでも何かを得たいと思っています。

Pさん

2019年7月31日水曜日

三十二通目 2019年7月31日

Pさんへ

 わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たのだ。
(マタイによる福音書 10章 34節)
 
 見よ、わたしはすぐに来る。わたしは、報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる。わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。
(ヨハネの黙示録 22章 12節)
 
 暑い名古屋での『モロイ』読書会、お疲れさまでした。せっかく遠路遙々お越し願っても、CDをまたぞろ4枚奪い、ラスクまで頂戴して、挙げ句の果ては味噌煮込みうどんにまで付き合わせてしまい大変申し訳ありませんでした。これに懲りずまたのお出でをお待ちしております。
 翌日の映画鑑賞会、いかがでしたか。私は寝不足のためけっこうきつかったのですが、お二人が楽しめたのならこれに勝る喜びはありません。
 さて、相変わらず可視・不可視のネット・現実でさまざまな言説が飛び交っていますね。このほとんどは「正しき言説」(オラティオ・レクタ)ではない「アナレクタ」なんでしょうか。私はそうは思いません。どんな「余りもの」「無用もの」でも、「実用」「実際」の範疇からこぼれ落ちたとしても価値はあるのではないか、なんていつもながら愚考します。
 それが喧噪・騒乱の温床になるのでしょうが、前掲した聖書からの引用のようなことにもつながるのかな、と。
 ここ数日の疲れもあってうまく頭が回りませんが、気まぐれに『万引き家族』(2018)を観たのでその感想を書いて終わります。
 
 始めのほうは冷やかし半分で飯を食いながら斜め見して、タイトルの出し方とかセンスないな~、なんて北野武や黒沢清と比べて心底呆れかえっていた。だが、樹木希林が亡くなった辺りから、さらには警察への供述から、どんどん映像世界に引き込まれ、最後には泣いていた。闇の中の光というものだろうか。公の光には決して理解も共感もされない独自の光。それがそもそもの家族。家族とは血縁関係なんかではない。家族はその光を共有できる、生活をともにする、ともに光を信じる関係のことだ。
 まずもって映像に溢れる光の演出を見てほしい。『そして父になる』にはなかった細部に渡る光の描写。心の襞さえ映像に表出している。
 だがその光は脆く儚い。いつなんのタイミングで遮られるかわからない。しかし光は消えないのだ。必ずどこにいても光は届く。闇の中に隠されているのではなく守られてさえいれば。

松原

2019年7月25日木曜日

三十一通目 2019年7月25日

松原さんへ

 そろそろ、ベケットの『モロイ』の読書会が近付きつつありますね。『百年の孤独』同様、長年取り組んできて結局読み通すことの出来なかった本書に再び取りかかり、おそらくは読み終えられるであろう事は、とにかく良かったです。とにかく、というのは、僕としては多少無理があっても『モロイ』の全篇を読み通した上で、現実に会う人々と読書会を展開したかったということがありますが、それは自分の達成感とか見栄なども含まれていてそれほど強い思いでもない上に、現実的に自分自身にしてからが確実に読み終えられようものかわからないということも頭を掠めるからです。僕は保坂和志からベケットに入ったので、保坂が言っているように、読んでいる時の高揚感を維持することと、読了すること、全てを読んで再び本棚にしまい込むこととは全く別の体験であるという彼の立場を多かれ少なかれ支持しなければいけないと感じるし、それは幾分か内面化されている所でもあります。
 ウサギさんとのトークの未公開分で話したのですが、ウサギさんは特定のハマり込む作家というものがいないそうなのですが、僕は一人にハマるとまずそれだけになってしまいます、今はそれほど情熱的に気に入る作家というのは少なくなりましたが。ただ、それを以て読み終わらずに済むといった風に自己弁護するわけにはいきませんね。保坂も、繰り返し読まざるをえないほど引き込まれる読書について、そう言っているわけなので。しかし、それだけじゃない含みもどこかにある。いずれにしろ、読んだことの自分への効果だけを常に見るべきだという事は、彼から学んだことの中にありました。もっとも、功利主義的に読むことも否定するわけですが、「それを読んで、あなたは何を得ましたか?」といったような。問題なのはこの口調でしょうか、フーコーが「お前は一体どこから来た? 名前は? 所属事務所は?」と聞きただす警官の尋問に例えて言っていたような、無言の圧力。まるで悠然と沸き上がる思想の萌芽を摘み取るような……まあそんな屁理屈をこねずに、ベケットの一番の名作と言われる小説を、これからも繰り返し読んでいきたいと思います。それからわかることもあるのでしょう。

Pさん

2019年7月18日木曜日

三十通目 2019年7月18日

Pさんへ

 先日の『百年の孤独』読書会、お疲れさまでした。私はそのあと、グアテマラの短篇を読んだのですが、読書の倦怠感のようなものを覚え、それから、がらりと趣向の異なる矢部嵩「[少女庭国]」を手に取りました。読み終え、次に小松左京「影が重なる時」に移ろうとしましたが、読んでいる途中で先の「[少女庭国]」の感想がつらつらと浮かび、いま話題の小松左京評を書くのは止めて、矢部嵩の今作について考えてみようと思いました。
 いつものようにあらすじは省略させてください。私はこれを読んで始めは現代的な言語表現に違和感を覚え、なかなか読み進めることができませんでした。それを無理して流すことで先へ先へと押し流されるように読んでゆき、そこで「紋切り型」への抵抗の新しいアプローチだったのかな、という感想が小松左京の本を手にしているときに浮かびました。
 どういうことかといえば、これを読んでいると大概の読者は『バトル・ロワイヤル』や『ソウ』なんかの集団殺人物を思い浮かべ、いつ殺し合いが始まるんだろう、どんなイヤミスを味わえるんだろうと、マゾヒスティックな想像をしてしまうものだと思います。僕もそうでした。でも話は違う展開を見せてゆく。その詳細についてはネタバレになるので触れませんが、ここにはアンチクライマクスといえるような、物語批判といえるような、高度な批評性が窺えます。
 それを大江健三郎のレイトワークのような純文学でやるのならまだしも、娯楽性の高いハヤカワSFでやってしまったことが矢部の新しいところかなと考えます。それが私の未読の「少女庭国補遺」や「処方箋受付」でさらに高みへと達しているのだろうと推察します。
 翻って小松左京延いては流行中のリュウ・ジキン『三体』(今日、買いました)はその物語批判を織り込みずみなのか気になるところです。
 下半期、日本並びにアジアのSFを読書会以外では読んでいこうと計画しています。

松原
 

2019年7月10日水曜日

二十九通目 2019年7月10日

松原さんへ

 買ってからほんの少ししか読み進められていなかった中原の『パートタイム・デスライフ』を半分ほど読みました。僕は「紙飛行機」の中でほんの少しだけ中原昌也風に書くことを意識してみていたのですが、やはり本物は違うと思わされます。青木淳悟もそうですが、ある物とか社会制度みたいなものをあげつらって、場面を作り出す。前にも何度か中原昌也が、全く同じ文章を繰り返していたり、ほとんど同じ場面を似たような言い回しで繰り返すところがあります。彼の場合は本当に純粋に文字数稼ぎの為にやっているんでしょうか。漫☆画太郎と同じようなことをしている。痛快ではある……
 中原昌也は何重かの意味で小説が持つ価値みたいなものを打ち消す為に書いていて、全く現実的なつながりを断とうとしているかのようです。小説内における言葉の効果の薄さやずれ、この小説の対外的な立ち位置も、いわば「死んでも何も残さない」かのように、一定の感慨とか、「読んでいて良かった」と思える何物も残さないようにしているというか……しかし単純にそうと言い切れるかはわかりません、ともかくこの、他の、一般にはそう思われているけれども案外そこまで徹底してなされてはいないところのフィクションの自立した姿などが、ヌーヴォーロマンとの共通点といえるでしょうか。これだけ無造作にかつ自由で個性的に小説が書いてみたいものです。
 中原も青木も、デビューしてからまたひと世代経とうとしている、もう次が現れて良い頃なのかもしれない(あるいは、もう現れているのかもしれないが)けれども、僕に関しては、文芸界の状況をいまだにつかみ切れていないような状態です。今まで新しいと思っていたものが、もうすでに古くなっているといった焦りにかられます。焦っていても仕方がありませんが。新しい小説が、まだ書き出せずにいます。書簡の今回分を中原のパロディーにしてみようかと思い立ってしばらく書き進めたのですが、空しくなって途中で反故にしました。それから近所に新しく出来たラーメン屋でたらふくラーメンを食べ、眠くなったので夕方まで寝ていました。
 気合いを入れ直す為、ストイックな作家の伝記でも読むことにします……

Pさん

2019年7月1日月曜日

二十八通目 2019年7月1日

Pさんへ

 今回はTwitterの予告どおり、中原昌也『こんにちはレモンちゃん』(幻戯書房・2013)について書きます。
 一読した率直な感想としては「俺が馬鹿だった。間違ってた」でした。どういうことなのかを順を追って説明するために、まず「フランス現代文学」(主にヌーヴォーロマン)に関する思い出話をさせてください。
 僕が「ヌーヴォーロマン」という単語を知ったのはいまから三十年近く昔になります。僕はたしかまだ高校生になったばかりで、気まぐれにふらっとひとりで岡崎の古本屋めぐりをしました。(後にも先にもこの一回きりでしたが)
 そこでは町沢静夫の精神分析の書籍やチェーホフの『退屈な話・六号病室』(岩波文庫)などを買い求めたと記憶しています。そして、そのなかに何気なくタイトルに惹かれて買った『ヌヴォー・ロマン論』※原文ママ(J・ブロックーミシェル・現代文芸評論叢書)という古めかしい本があったのです。(同叢書からリカルドゥーの良書が出てたなんて知る由もありません)
 いまは手元にないので正確な確認はできないのですが、おぼろげに覚えていることとしては、「ヌーヴォーロマンはよろしくない」「グリンメルスハウゼンのほうがよっぽど革新的だ」「その理由をこれから述べる」といったようなことだったと思います。(間違っていたらごめんなさい)
 僕は単語のかっこよさから「ヌーヴォーロマン」にそこはかとなく期待を抱いていたので(ヌーヴェルヴァーグみたい! というよくあるあれです)とてもがっかりして、続きを読むのを止めてしまいました。
 それから兄の百科事典で「ヌーヴォーロマン」を調べてベケット、ブランショ、ロブ=グリエなどを詳しく知ることになり実際に図書館や書店で探して読んだり見つからなかったりしたのですが、概してよくわからない文学なんだなという甘い認識で終わってしまいました。(悪い早熟の典型です)
 なんだか長くなっていますが、それから時は過ぎて1996年、僕は中原昌也の小説に出合います。それはヌーヴォーロマンと違い一発で虜になるほど引き込まれる世界でした。でもそれから僕も成長して渡部直巳などを読み、どうやら中原はフランス現代文学に多大な影響を受けているらしいぞ、ということに気づかされました。でもまたぞろヌーヴォーロマンに手を出そうとは思わず相変わらず舞城王太郎や佐藤友哉を読むことで日々を忙殺していました。
 それでつい一年前くらいのことです、Twitterで虚體ペンギンさんに出会い、彼の作品ならびにpabulumを読ましてもらい衝撃を受けたのは。まさにそれは僕が若かりしころに見切りをつけたヌーヴォーロマンを彷彿とさせるものだったのです。そしてさらに今年、キュアロランバルトさんの作品を読む機会があり、それにもフランス現代文学の影響が色濃く投影されていました。二人の作品は同じ文学潮流の影響下にありながらまったく別様の代物です。でも僕はどちらにも新しい文学の可能性を感じています。
 さていま一度、中原の小説に話を戻しますと、つまりは中原をひさしぶりに熟読して虚ペンさんやキュアさんの過激な文学熱と同期する衝撃を受けたわけです。僕は最近、安部公房や三島由紀夫を読み、いたく感動しているとどこかで書いたと思いますが、これらの文学の批判として中原が出てきたことをあろうことか失念しておりました! 安部や三島の予定調和なところは阿部和重も批判していることですが、中原の著作は、紋切り型の表現を無意味になる地平まで突き詰めており、一口にいう文学とは似ても似つかない言語的センスで、旧来の純文学をハルキより過激に刷新したと僕は感じていたのでした。そしてこれはヌーヴォーロマンがフランス近代文学に与えた爆発的な打撃と総じて同義なのではないか、と。(手法は異なりますが)
 大げさではなく、虚ペンさんとキュアさんがこれからすくすくと成長して、同人界に留まらず日本文学延いては世界文学に一石を投じるようなものを書いていってほしいです。僕やPさんのおじさん組も彼らに負けず劣らず果敢に文学的冒険をしていきましょう。

松原

2019年6月25日火曜日

二十七通目 2019年6月25日

松原さんへ

 本というのは結局のところ密室のような、本だけからなる空間からしか生み出せないのだろうか、ということを、ある時から考えるようになりました。それは、前にも再三話題にした、小説にとっての外部性とは何かということに非常に近付いてはくるのですが……考えることを続けさせて下さい。引き続き、今年の自分の挙動を振り返るようなことは続けていて、崩れる本棚の note の方に後々載せようと思っているのですが、非常に個人的かつ肉体的な事情として、最近物忘れが本当にひどくなって困っています。もともと何かを忘れることに対して居直るように無頓着であり、重要なことを忘れる所を他人事のように面白がる癖のようなものがいつからか付いてしまったのですが、中年に差し掛かってそれが笑えないレベルに至ってしまったのはそのように居直ることによって物事を振り返る手間を省き続けてきた事への生化学的な報いででもあるのかもしれません。
 冒頭の話題に戻ると、今年の初めに僕が読んだ田中小実昌の『アメン父』などは、綺麗に繕った伝記、ノンフィクションといったものに対する根本的な、言葉を書きつける瞬間からしての懐疑のようなものが全篇にみなぎっていて、小説や、文学的なものに対する外部ということを考える大きなヒントになりました。もちろん、『非-知』にしてもそうです。非-知というバタイユの概念は、まさにそのことを正面からとらえたものだと思います。これもどこかで言った繰り返しになるのかもしれませんが、今までバタイユの諸作を敬遠していたことが悔やまれる程の良い体験になりました。
 僕らが始めた「生存系読書会」ももうずいぶん続けて来ましたが、はじめのうちはコンパクトな近代文学を取り上げていて、一種の勉強会みたいな印象が今より強かったように思います。それが、カフカの「日記」を取り上げたときが皮切りでしょうか、ドノソ、マルケス、朝吹真理子、それから未来ですがベケット、シモンと、ある種のアンチ・ロマン的作品に焦点が移動してきており、量も増してきています。「メルキド出版」の活動も多角化してきています。松原さんに僕の気に入る音楽を送りつけたのも、どこかでそういう「小説の外部性」を頼ったコミュニケーションを期待してのことだったように思います。降ったり止んだりの安定しない気候が続きますね。御自愛を継続した生活を送って下さいますようお祈り申し上げております。ゆっくりとですが、メンバーの間で徐々に前衛アンソロジーの作品に対する意思表明や言及が増えてきたような雰囲気が漂っています。私は途方に暮れています。皆が皆、まず得体の知れない「前衛」という言葉に対し、何ぞや? とぶつからざるをえない、この状況を作り出したこと、それ自体にまず価値があると思います。繰り返しになりますが、僕個人は途方に暮れています。一行も書けていません。まだ締め切りにはまだ間があるようですが、おそらく、二つの巨大な読書会をこなしているうちにあっという間にその時が来てしまうのでしょう。、今年の初めに、マジカントと崩れる本棚の二つの締め切りを前にして途方に暮れ、えらくふさぎ込んでいたことの再来です。しかし自分を追いつめないことにはどうしようもない、そんな風に小説を書くことを前にして腰の引けている自分を客観的に眺めると、果して自分は小説を心から楽しく書いているといえるのか? 疑問に思えてきます。松原さんはそういう思いにかられる時はありませんか? また、そのような時はどう対処しておられますか? 教えて頂けると幸いです。

Pさん

2019年6月20日木曜日

二十六通目 2019年6月19日

Pさんへ

 返信、遅れました。今回は、Pさんがどこかでこの半年を振り返っていたような気がするので、僕もやってみようと思います。
 では、2019年上半期に読んだ本のなかで、印象的だったものをとりあえず10作上げて、なにかしら考えてみたいです。
 
①砂の女 安部公房  
②送り火 高橋弘希
③鳥打ちも夜更けには 金子薫
④ヤンの未来 ファン・ジョンウン
⑤ニューヨーク革命計画 アラン・ロブ=グリエ
⑥潮騒 三島由紀夫
⑦チャンドス卿の手紙 ホーフマンスタール
⑧二分間の冒険 岡田淳
⑨老人と海 アーネスト・ヘミングウェイ
⑩挑戦 フィリップ・ソレルス
(読了順)
 
 まえまえから基本的な読書をしようと標語のような目標を立ててやってきた節があります。ですからできるだけエキスパート向けの本(たとえば『死霊』『豊饒の海』『V.』など?)は避けて、というか先送りにしてきました。いつかは読んでみたいですが。それで去年からいままでに『城』や『カラマーゾフの兄弟』を途中で投げていたわけです。まあ、言い訳半分ですけど。
 前掲のリスト、それなりにバラエティに富んだ本を読めた気はします。しかし長篇・短篇・詩歌・評論・漫画などを含めてもこの半年41作読んだだけなので口惜しい限りではあります。なんせ「SF作家宣言」をしておきながら、ほとんどそれが進んでいない惨状に愕然とするばかりです。
 今年に入って意識的に音楽を聴くようになりました。それは村上春樹のラジオの影響だったり、ただ疲れやすくなっているので疲労回復のためだったりするわけなんですが、そのことにより書いている文章にも影響が出てきてしまいました。まあ、これは去年の夏頃には顕著な表れが出ているようにも思えますけどね。
 果たしてこの波及が吉と出るか凶と出るか。わかりませんね。とりあえず硬派な文芸誌には向かない文体になってきてしまったという自責の念があるにはありますが。やはり本を読まねば自分の文体を作ることは容易ではないですね。
 というわけで残り半年も基本的読書を継続していきたいわけですが、今年の年末から来年1月にかけて大西巨人『神聖喜劇1』を、来年初頭にはル・クレジオ『調書』、P・K・ディック『ヴァリス』の読書会を予定しています。というかそのまえにこの6月下旬に『百年の孤独』の後半を読み、夏にはベケット『モロイ』、シモン『路面電車』のリアル読書会があるわけで、これでは基本を優に越えて応用編にいつのまにか移っているようです。あくまで自然にスムーズに…… と思いたいところですね(予定通り行くといいです。)

松原
 

2019年6月11日火曜日

二十五通目 2019年6月11日

松原さんへ

「紙飛行機」への感想、ありがとうございます。直接的でなく、ひたすら創作行為を鼓舞するような口調が、松原さんらしいと思いました。自分としてはいまいち垢抜けないこぢんまりとした作品になってしまったと、後悔しています。
 いつかヘッセの読書論を巡って、ツイッター上で対話をしましたね。そのことと「著者の遍在性」ということなどが、分解したり統合したりしながら、頭を巡っています。仕事が幸いにも負担が軽くなっているので、いつになく読書が進んでいます。関係ありませんが、7月の「モロイ」の読書会には、申し訳ありませんが前回使用したICレコーダーは繰り返しの再生がやりにくかった記憶があるので、また別の物を用意して持って行こうかと思っています。いとうせいこうが「鼻に挟み撃ち」の中の短編か何かで、テープ起こしをする享楽について語っていましたが、僕にとってもまさに享楽的側面があります。何時間も聞き取りづらい音声と格闘し文字にしていき、当然のように口にされる言葉が全く文字に転換出来なかったり、不自然な並びになったり(意外なようですが、発音された言葉の中のかなり多くの部分が、文字にしたとき不自然になるというよりも、全く文字に直しようのないただの挨拶だとか、相づちだとか、突発的な感嘆句だったりとか、単なる発声そのものでしかなかったりすることに驚きます)、またコミュニケーション上当たり前になっている口頭の言語が文字に直される時の新鮮な感じに打たれるのです。打たれながら、何時間も音声を頭の中に、繰り返しインプットしながら過ごす時間は濃密で、その時目の前に位置している相手とはまた別の何かが、共有している空間の楽しさや白けた感じそのものに対峙しているような気がします。その幾分かは前回の「カフカ読書会」で表現出来たかと思いますが、カフカの日記のテキストに触れる何倍か、ベケットの「モロイ」の文章を読むと混乱してきます。文章を書くときの落ち着きとはぜんぜん違い、人に対峙して話すと読んでいる時の混乱の九十パーセント近くは夢を忘れる時のようにどっかに消えてしまいます。僕はつとめて本を読んだときの感想を述べる時はその混乱を可能な限り再現しようと思うのですがなかなかうまくいきません。ともあれ、7月の読書会を楽しみにしています。名古屋の地を踏むのがこれで二度目になります。あの余韻からこの書簡が始まったことを思うと、感慨深いとともに、互いに火曜日に追われているようなサマを見ると業のようなものまで感じてしまいます。
 最近、「メルキド出版」としての活動が、他のアマチュア作家のみなさんを巻き込んで本当に出版社めいたものになりつつあるその行動力には舌を巻いております。クリストファー・R・ブラウニングの「普通の人びと」の記録の一節や、渡辺一夫がフランス王朝の発言録を引用しているのを読むにつけ、このような一介の文学オタク同士の会話のようなものも、数世紀後になんかの理由で発掘された際には少しは面白みがあるんじゃないだろうかなどと、益体もないことを考えたりします。
 前回の書簡の中では、「ビートルズもマイナーなファンクバンドも、前衛音楽も並列に聴き漁った。」という所が、とくに感銘を受けました。いろいろな種類の音楽を松原さんに送りつけておきながら、最近はかつて聞いた音楽を酢昆布でも噛みしめるように聞き直すばかりで、新しい音楽に触れることを全く怠っていました。それは、慣れた音楽に慣れていくだけで音楽とは何なのかについて全く考えることをやめてしまったことを意味します。かつて自分に革命をもたらし、音楽とはこれだという確信を齎した素晴らしいサウンドも今となってはどんどん輪郭を失いつつあります。
 どんどん前に進むしかありませんね。

Pさん

2019年6月4日火曜日

二十四通目 2019年6月4日

さんへ

 先週の『百年の孤独』読書会、お疲れさまでした。対話をしているうちに思いのほか新しい知見も生まれ楽しかったです。6月もよろしくお願いします。
 さて、今回は内輪な話題で恐縮しますが、Pさんの春文フリ作品「紙飛行機」(『崩れる本棚』No.8.0)の感想を書いてみようと思います。
 
 Pさんは1987年生まれで僕と一回り違う。彼の過去ツイートによると、2000年代が同時代の刺激を浴びたもっとも多感な時期で、それは保坂和志の評論だったり、海外と国内のSF小説だったりしたらしい。僕は2000年当時、東京の大学生だった。といってもすでに25歳になっており、どこか冷めた目で時代を見ていた。やけくそでモーニング娘。にハマっていたほどだった。だから僕の主戦場は1990年代であり、名古屋大学の映画研究会に通信高校生の分際で籍を置き、馬鹿みたいな映画を撮りまくって周囲から顰蹙を買っていたあの時代が、いまの僕を作ったといっても過言ではない。
 きょうはいつものツイ廃から脱却して、ルーティンの音楽鑑賞と散歩をこなし、村上春樹の「めくらやなぎと眠る女」(『螢・納屋を焼く・その他の短編』新潮文庫)を読んでいた。でもどうも読書は進まず、乃木坂46の「sing out!」を爆音でループさせたあと、気まぐれに堀部篤史の『90年代のこと 僕の修業時代』(夏葉社)をちょっと読んでみた。そこに興味深いことが書かれてあったので引用する。

「十曲の自然かつ意外な流れを生み出すためには数百曲、数千曲のストックが必要になる。反対に言えば、ジャンルやスタイルを問わないあらゆる音楽を収集しつづけることで、はじめて個性的な「つなぎ」が可能になる。」

「だから長い間、ロックやソウル、ワールドミュージックにジャズとすべてのジャンルにおいてでたらめな順番で、膨大な量の音楽に触れ続けてきた。名盤も珍盤にも貴賤はなく、古典的名作も評価の定まらぬ新作も順序なし。ビートルズもマイナーなファンクバンドも、前衛音楽も並列に聴き漁った。系統だった知識もないくせにと責められれば言い返す言葉もないが、音楽本来の自由な聴き方だと開き直ることもできる。デタラメなレコードの買い方をすることでハズレや失敗も多かったが、いつかどこでつながり、理解できる日が来るという思いが、未知のものへの投資に対して背中を押してくれた。自分たちだけが特別だったのではない。あの頃はそんな時代だった。」

 つまりは「紙飛行機」の感想はこのような雑食性の大事さということに尽きるのだ。この90年代の感覚は2000年代にもあったのではないか。そしてそれはいまの時代を最大限に吸収しているだろう若者たちの2010年代においても変わらぬことではないかと思う。

松原

2019年5月22日水曜日

二十三通目 2019年5月22日

松原様

 少し返信が遅れましたことお詫び申し上げます。利潤率が大まかにまだ一割未満であるにも拘わらず職場の従業員としててんてこ舞いしており、自身の寝食の具合や脳天に正午が下ったかどうかも定かではない次第にございます。悪しからず考えて頂ければ幸いにございます。
 さて。昨日の(?)音楽に関するツイッター上でのやり取りが印象に残っています。東京文フリの前日に、私は松原様に確かにCDを、今となっては象徴的な数字になってしまいましたが、十枚きっかり、お貸ししました。それは私にとっては、こんなことを言って憚りませんが最もお気に入りの小説よりも影響を受けたかもしれない音楽を選りすぐったと言えるほどのものです。しかし、これも私の好む傾向にリスペクトを捧げる意味でも、数分間のうちに即興のように選んで自分でも乱暴と思われるほどのスピードで選びカバンに投げ入れて例の映画鑑賞の場に持ち込みました。僕はやはり、音楽は限界のところでは即興性に支えられていると思っています。ある程度計画はあるかもしれない。前に進む、少なくとも自分がそう思いたい為に手掛かりとして例の計画とか、メロディと伴奏という二分法とか、旋法とかコード理論とか楽典とかスペクトラム分析(1/f揺らぎではないけれどもフーリエ級数展開とか)とか音律とか展開の分類とかその他の形式的手法などを手に取るがその先にあるのは即興。音が発生するのはマイクに入りあるいは弦が震え膜が完全な張力を保ちつつたわむその瞬間であり、その膜のたわみと撥が反発しまた受け入れられるその瞬間であり(これはマジ話です)、それは白紙に照射される焦げた影よりも脳の伝達スピードの方に近いスピードで発生するのであります。でありますので僕の選んだ十枚のディスクはそのスピードに足並みを合わせた各種作家、演奏家であると私は勝手に思っています。保坂和志も言ってましたが人間はなんで今に至るまでジャズを演奏するように小説を書けないのでしょうか。そうしている、そう試みている人はいるのかもしれないが本当にわずかです。あるいは全て即興であるという立場に受容する側が立たなければならないのかもしれない。その層において読む。そんなことが出来るのは後藤明生だけじゃないか。身に染みた二分法が実に憎い。
 実に混乱した文面ですが、以上としまして返信とさせて頂きます。課題図書の『百年の孤独』、面白いのはわかっていましたが批判的な意味も含めて楽しく読み進めています。同時にドストエフスキーの「ロシアの文学について」、フロイトの「モーセと一神教」などを読み進めています。

追伸

 先日お勧め頂いたヘルマン・ヘッセの「読書について」の記述、非常に気になります。私は急いでいますが図書館に行くような時間も取れず、気が狂いそうです。一体この世では何が起きているんでしょうか。「著者の遍在性」についてもむろん、非常に示唆を得てことあるごとに考えていますが、それに対して何か言うということが出来ずにいます。何かわかりそうになったら、お耳に入れて頂けると有り難いです。

P様
 

2019年5月15日水曜日

二十二通目 2019年5月15日

Pさんへ

 文学フリマ、ありがとうございました。お陰様で、今回の文フリはメルキド出版史上最高の売り上げを記録しました。よかったです。
 さて前回、前々回と、日本の純文学と翻訳SFの併読という方法論を口酸っぱく説いてきた僕ですが、性懲りもなく今月に入ってからもそれは不変で、テッド・チャン「バビロンの塔」(『あなたの人生の物語』収録・ハヤカワ文庫)を東京行きの新幹線で読み、そしてきょう難儀して古井由吉の「先導獣の話」(『木犀の日』収録・講談社文芸文庫)を読み終えました。その2作の感想を書いてみます。
 まず古井のこの自選短篇集を買ったのは、おそらく1998年のことだと思います。蒲田に住んでいるころで、渋谷か神保町の書店で見つけたのでしょう。当時の僕は23歳でありながら浪人生で予備校にすら通わずぶらぶら首都圏を彷徨していました。いま振り返るとこの時期がいちばん本を読んだし映画も観ていました。古井をはじめて読んだのもこのころで『夜明けの家』を蒲田図書館で借りて数篇読みました。そのあとに「杳子」を読んだと思います。逆かもしれませんが。
『木犀の日』は、こんかい読んだ「先導獣の話」目当てで購入したと、これも曖昧ではありますがそう記憶しています。なぜそうだったのかまでは覚えていません。もしかしたら古井のデビュー作だと勘違いしていたからかもしれません。本来のところは「木曜日に」(ことしの1月に読みました)ですが、おなじ1968年発表なので。当時古井は31歳になっています。23歳の僕は古井は遅咲きだなと思ったものですが、僕はもうすぐ44歳になってしまいます。
 与太話が過ぎたようです。作品内容について考えてみます。
 古井というとその風貌や装幀から枯淡のイメージ、いかにも退屈で古くさく保守的、難解という偏見を抱いてる方けっこういないでしょうか。僕は少なからずそんなうちの一人でありました。こうした誤った先入観は大江健三郎にもありがちなことではないかと思います。ヒューマニズム、知識人、平和憲法、原発反対などの政治的な刷り込みが多いように推測しますが、現に大江のテクストを読めば、そのアクチュアルな現実描写、過激な生と性と死、深甚なる恐怖感と窮境からの魂の救済など、壮大でありながら悪趣味で刺激的な魔的小説思想だということがわかると思います。
 翻って古井の初期作に光を当てて考えてみるなら、ドイツ幻想文学の影響とでもいうのか、怪奇で幽玄な短篇の世界に引きずり込まれます。一筋縄では決していかない幾重にも折り重なる描写は分厚く、それでいてどこか儚げなすぐ解けて消え去ってしまいそうな言葉運び。とても魅力的です。後期の『夜明けの家』にもこの神髄は遺憾なく発揮されていると思います。
 こうした文学のどこかほの暗い精神的遊戯のような体験は、テッド・チャンの「バビロンの塔」などの翻訳SFの世界にも相通じるものがあると、またもや近視眼的な本同士の結びつきを愚考してしまいます。 
 ですので今回はここらで止めておきたいです。「著者の複数性」とは一冊のなかだけの複数性だけではなく何千冊、何万冊もの複数の本と本の関係のなかの「著者の遍在性」というようなものがあるのではないかと、最後に付け足しておきます。

松原

2019年5月7日火曜日

二十一通目 2019年5月7日

松原さんへ

 昨日の文学フリマ、お疲れ様でした。メルキド出版の機関誌である「マジカント」の二号が、飛ぶように売れていくのを横から呆然と眺めていました。青木淳悟氏が目の前のブースにいたことを指摘して頂き、何を言ったかは忘れてしまったけれども読書会の冊子を渡して幾らか話したこと、また二次会で徘徊さんや金村さんを交えて縦横に語った「文芸」の今後についての話など、とても良い刺激になりました。
 その二次会でのお話と今回の書簡をつなげるとすると、飛浩隆の文芸誌への参入や、イーガンのテーマと「TIMELESS」との比較など、いわば「ジャンル小説」と呼ばれるものと純文学とされるものの境界は日増しに曖昧になりまた相対化されつつあり、またそうなるべきものであり、どちらにしても良質な、言葉を使った技芸という意味での「文芸」があり、また良質でないものもありうる、という考えてみれば当然の事実があるわけですね。
 僕が完全に文学の方向に舵を切り、ゆえに過剰にSF方面への情熱を抑圧することになるのですが、その直前にいたく影響を受けた作品の双璧が、筒井康隆の「虚航船団」と、夢野久作の「ドクラ・マグラ」でした。狂気とSFと小説の要素が渾然一体となり、大掛かりな構えで他の小説をインパクトの上で封じ込めるという、かつてない衝撃を得たのですが、その時からその二者が、それとなく文学の方向を指し示していたように思います。
 僕はやはり身についているので「文学」と言ってしまいます。
 その他悲喜劇の問題や韻律の問題、中世の断絶と文明開化と改元と鎖国、古事記と日本書紀と平清盛と天皇と物語とデリダとドゥルーズとウェルベック、ラヴクラフトとアーサー・マッケンとホフマンとホフマンスタール、トーマス・マンとタフマンとユーミンの話など、今後勉強を重ねなければとの思いを新たにしました。
 それほどのことを視野に入れながら尚飄々と生き長らえるように書くことというのは、やはり途方もない所業なんではないでしょうか。
 千坂恭二氏のツイートで、「ニーチェから「権力への意志」の著作を除くとしたら、マルクス・エンゲルスの「ドイツ・イデオロギー」もそこから外されなければなるまい」というのをふと思い出しました。ニーチェの「権力への意志」は、確か妹でしたか、遺稿の中でも一つの著書に纏めようとされていたものをかき集めて一つの著書として出版したというものだった気がします。それを主題としてクロソウスキーが「ニーチェと悪循環」を書き、ドゥルーズが「千のプラトー」を書いたわけですが……著者の複数性を気持ち良く受け入れて書いている本は実に風通しがいいように感じるのですが如何でしょうか。

Pさん

2019年5月2日木曜日

二十通目 2019年5月1日

Pさんへ

 4月は体調が悪くて、あまり本を読めず映画も観られずCDばかり聴いていました。読み終えた作品といえば、フィリップ・ソレルス「挑戦」、ウィリアム・ブレイク「無心の歌」、そして先日の読書会の朝吹真理子『TIMELESS』くらいです。これではいけないと思い、きのうからグレッグ・イーガン『ビット・プレイヤー』に取り組みました。といっても今回はその表題作のみの感想を述べてみます。
 このギミック(世界設定)、最初はなにがなんだか判らずに読んでいました。読み終えたいまでもしっかりとはひとに説明することは無理そうです。しかしそんな表象不可能性こそ文学だと思います。19世紀の心理小説なんかは言葉ではいい表せない精神の襞をいかに言葉で表現するかが主眼となっているように思います。それは20世紀も引き継いだ問題なのでしょうけど、1961年生まれのイーガンはSFというジャンルを借り受けて、個人ではない世界の表象不可能性を描こうとしているようです。それは作中でも語られるメルヴィル『白鯨』にも通じるあらゆるものを丸呑みするようなうつろで巨大な鯨みたいな世界にどう対峙すればよいのか、という極めて現代的なアプローチだといえます。
 先月に『TIMELESS』を読んだことは前述しましたが、イーガンとはあまり接点がないように思えるこの作品もたぶんにSF的な手法で世界について思考している小説です。ここでは戦争や震災と家族の生活が混ざり合って描かれるわけですが、その混成ぐあいがとてもキュートです。朝吹のユーモアとイーガンのひとを食ったような書きぶりには少なからず共通項がある。僕が続けて読んだからそう感じただけなのかもしれませんが、日本の純文学と翻訳SFを並べて読むという、まえまえから僕が提唱している読書法は、手前味噌になりますが、新しい知見を開くにはやはり有効な手立てのように考えます。
 といってここでなにか目に見える成果を書け、といわれても、まあそれはおいおいと煙に巻くことにします。  
 僕はいままでいいかげんな読書しかしてこなかったと、胸を張っていえてしまうほどの小説の門外漢です。ですから小説への渇き、不満感はけっこう強く、この書簡を通じてたびたびもっと勉強したい、もっと本を読みたいと繰り言のように宣ってきました。それは死ぬまで続きそうな気配です。とりあえず明日も本を読むことにします。おそらくSFです。

松原

2019年4月23日火曜日

十九通目 2019年4月23日

松原さんへ

 僕は哲学の根源という影を追ってギリシャ哲学の、プラトンが著書に遺したソクラテスの言葉の以前にあったとされる哲学者の言葉を追っているのですが、これが哲学の基礎に当たる物なのでしょうか。それとも、教科書的記述に則って哲学史の概要をまずはなぞることが学問の基礎なのでしょうか。その「教科書」のパロディーのような事をした最初期のドゥルーズは、やはりすごいと思います、示唆によって読者に向かって空間を作る手腕というか。引用によってしか伝えないという縛りのもとで、あれほど何かを雄弁に語っている手腕。あの中で、いくつかの軸(進化、社会性、(個と、集団の)生物)を中心として、決してどれにも回収されない、空間としか言いようのない読書、というか知る事の体験は、他のどんな書物でも簡単には得られないものでした。「キリストからブルジョワジーへ」については、反対に、なんとなくの意図は掴めた気がするのですが、それ以上の事についてはわかりませんでした。そういっていいかはわかりませんが、ベケットの初期の評論と同じような読後感でした。「無頭人」のマニフェストを斧で縦に割り切るようにして語っていたバタイユの語り方とは、難解さにおいても、「何を言ってるんだかわからないにしても何かを言われたという衝撃は残る」という感触に比べて、未だに巻かれたクダがまだその辺に渦巻いているといったような感じです。話が逸れましたが、お勧めされた「狂気について」(渡辺一夫)を読み始めました。この著者、翻訳者については全く知らなかったのですが、フランス中世の文学について研究していたということで、興味深く読んでいたのですが、表題作の冒頭から、
「――病患は、キリスト教徒の自然の状態である」
 という重苦しい文言の引用から入っていて、キリスト教と精神分析の繋がりについてあれこれと考えが捗るのを抑えつつも続きを読むと、
「人間はとかく「天使になろうとして豚になる」存在であり、しかも、さぼてんでもなく亀の子でもない存在であり、更にまた、うっかりしていると、ライオンや蛇や狸や狐に似た行動を……」と、人間の狂気の形態を、動物化することに例えているくだりになり、またしても「本能と制度」を思い出さざるを得なくなり……「狂気が持続しない狂人が天才である」という部分は、ニーチェの言う強力な健康状態と似たものと思えば良いのでしょうか……激情や酩酊が狂気に連なるというのは、感覚的にもそう思ってよい物なのでしょうか、やはり理性の対立軸として狂気があるというような……それとも狂気という語自体がそれくらいの意味合いしか持ち得ないのでしょうか、そんな気もしてきますが……
 対話、往復書簡という形式を逸脱しているようで申し訳なく思います。土曜日に延期された読書会の準備も進めたいと思います。僕も変わりやすい気温と気圧にやられて調子の狂った日々が続いていますが、互いに健康に気をつかいながら日々を乗り越えていきましょう。

Pさん

2019年4月16日火曜日

十八通目 2019年4月16日

Pさんへ

 まえにPさんが薦めてくれたフロイトの『自我論集』を手にしました。そこでの「欲動とその運命」の冒頭が、前回の書簡の疑問に対して明瞭な考察になっていると思ったので、少々長くなりますが引用します。文中の「科学」を「文学」に変換してお読みください。
 
 科学というものは、厳密に定義された明晰な基礎概念の上に構築すべきであるという主張が、これまで何度も繰り返されてきた。しかし実際には、いかなる科学といえども、もっとも厳密な科学といえども、このような定義によって始まるものではないのである。科学活動の本来の端緒は、むしろ現象を記述すること、そしてこの現象の記述を大きなグループに分類し、配置し、相互に関連させることにある。この最初の記述の時点から、記述する現象になんらかの抽象的な観念をあてはめることは避けがたい。この抽象的な観念は、新たな経験だけによって得られるのではなく、どこからか持ち込まれたものである。そして経験的な素材を処理する際にも、抽象的な観念を使用することはさらに避けがたいことであり、これが後に科学の基本概念と呼ばれるものとなるのである。こうした観念には、最初はある程度の不確定性さがつきものであり、明確な内容を示すのは不可能なのである。こうした状態では、抽象的な観念の意味を理解するには、経験的な素材に繰り返し立ち戻らなければならない。これらの観念は一見したところ、経験的な素材から取り出したようにみえるが、実は経験的な素材の方が、こうした観念に依拠しているのである。このように厳密な意味では、こうした観念は〈約束ごと〉としての性格を備えたものである。問題は、それが恣意的に選択されたものではなく、経験的な素材との間の重要な関係に基づいて決定されているかどうかである。しかもこの経験的な素材との関係は、明瞭に認識し、証明できるようになる以前に、われわれが〈感じる〉ものである。該当する現象分野を徹底的に研究した後になって初めて、科学的な基礎概念を厳密に把握し、さらに修正を加えながら広範に使用し、矛盾のないものに仕立て上げることができるのである。科学的な基礎概念を定義できるようになるのは、この段階になってからだろう。しかし知識は進歩するものであり、定義も固定したままであることはできない。物理学が見事に実例を示したように、定義によって確定された「基礎概念」の内容も、絶えず変化するのである。
(S・フロイト『自我論集』ちくま学芸文庫・中山元訳)
 
 あと「狂気」に関しては、渡辺一夫「狂気について」(岩波文庫)が大いに参考になると思います。
 僕は基礎的なことにそろそろしっかりと取り組まないと後がないようです。
 この書簡で尻を叩かれました。Pさんに感謝しています。では返信を楽しみにして、自分の畑を耕したいです。

松原

2019年4月9日火曜日

十七通目 2019年4月9日

松原さんへ

 令和に関しては、今の所騒々しく言い立てること自体が下手を踏むような気がしているので、積極的に触れることはありませんでした。個人的にも思うところや引っかかる点も松原さんのようにはあるわけではないので、今後何事かない限りは触れずに済ませるかもしれません……。
 平凡な問いになりますが、改めて、小説を書くのに必要な学問とは、何なのでしょうか? また、そもそもそんなものはあるのでしょうか?
 以前にもこんな話は、どこかの対話でしたように思います。結論としては、映画など他の世界からの流入が小説には是非とも必要で、小説自体から(を題材にするように)小説を書くといったようなことは、止した方が良い、ということになっていたように思います。しかし、後藤明生のような作家がいる、また、偶然図書館でフォークナーの「八月の光」を再読し、これは読まなければならないという思いに駆られつい借りてしまうなどしましたが……。
「荘子」も図書館で借りて読んでいるのですが、あれを「狂的」の一つの様相とした白川静の「狂字論」という論考があるのですが、僕の読みが浅いだけかもしれませんが、実にマトモな、というか勇気を得られる気宇壮大な生き生きとした普通の話であるように感じました。ニーチェやアルトーのような、引きずり込まれるような狂気、それでも読むべきなのか試されるような読書ではありませんでした。しかし、やっぱり深いところまで入り込めないせいなのかとも思いますが……。
 狂的であるとかないとかいった、帯の文と同じようなレベルにある世評はあまり宛てにもならないとは常々思っていましたが、狂的だと言われている諸々の著者はほとんどがマトモであり、強靭な思考力を持っていると思える人々が多数いて、白川静の「狂字論」に戻ると、中国の文字文明が生まれてから現代に至るまでの途方もない時間の間に、ある時は狂的な存在が正統とされ他が排斥されたり、次の時代には揺り戻しが起こったりなど、「狂」のさまざまな様相が描かれており、うっすらとではありますが、フーコーの「狂気の歴史」を踏まえた発言などもありました。
 保坂が静的な精神のありようとして排除している情報主義を「辞書的記憶」とかとも表現していたように思いますが、白川静はその「辞書」自体のあり方を内側から変えていたといえると思います。しかし、その傾向が強いのは「字統」や特に「字訓」であり(字訓は辞書として、文化の交接点を探る本当に画期的な試みだったと思います)、それらを普及用にまとめ上げた「字通」は、その一書を一人の人間だけで書き上げたというのは覗いて、やはりいわゆる辞典的な記述に戻っていったように見えます。
 一方で、十何人の口伝をまとめたフィクションがあった時代から、現代は基本的に小説は一人で書く(それが表現であるから)、辞書は複数名で書く(規模が大きいから)といった常識がまかり通っているのは何によってだろうか、という疑問も、このあたりのことを考えていると浮かんできます。
 今まで何回か、複数名によって小説を書くという試みをしてきていますが、その辺りのことの具体的な解決にはなりませんでした、やはりそこには「書かれたもの」と「著者」との、時代に深く刻まれた立ち位置みたいなものが反映しているのでしょうか。
 その辺についてはどう思われますか?

Pさん

2019年4月2日火曜日

十六通目 2019年4月2日

Pさんへ
 
 こんばんは。もうこの話題には辟易しておいでのようですが、新元号が昨日「令和」に決定しましたね。私事で恐縮しますが、僕は三月に「松原零時」としてこれからSFを書いてゆくという宣言をツイッターでしました。僕の本名が「礼二」で、それをもじって「零時」と兄が数年前に命名してくれました。「令」「礼」「零」というわけですが、僕は令和には、さすがに違和感を覚えつづけています。それは自分の名前に起因するところからはじまって天皇制や日本の歴史などにも波及する問題でした。ここで侃々諤々の議論になるのは恐ろしいので言及は避けますね。
 さて、自己流の創作術を考えていこうとして、前回僕は恐れ多くも若き日のベケットの書簡から引用しました。「言語に汚名を着せる」というやつですね。これはまさに元号にもいえることで、これからじゃんじゃん文学の言葉で令和に汚名を着せまくりたいものです。
 では、どのような汚名が元号には延いては言語には必要なのか。それはPさんが前回の書簡の終わりで添えた「アカデメイアの再来」とどう関わるのか。そのまえの「山羊の大学」というのは僕が提案した文学勉強会の名称ですが、この書簡がすでに「山羊の大学」みたいな役割になっていますね。でもこの書簡は果たして、言語に汚名を着せることができているのか。汚名といってもワイドショーや週刊誌のようなゴシップネタを口やかましくがなりたてることではないでしょう。それもひとつのやり方ではあるんでしょうけど、そういうものだけではいけない。だから僕はSFというジャンルを使って、言語に汚名を着せようとしています。
 いま「血の春休み」(「青い詩人の手紙」になるかも)を書いています。五十枚ほどまで進みました。これは今秋発行予定の「前衛小説アンソロジー」に掲載するつもりでいます。書き始めたのは昨秋でしたので、SF風味は希薄でジュブナイルといった感じです。いまのところほとんど勢いだけで書き進めているからこれから手直しが必要ですが、前作の「衝突」という私小説めいた短篇と比べれば、おこがましいですが多少はマシになっていると思いたいです。
 SFではサミュエル・R・ディレイニーの「エンパイア・スター」を読んでいる最中ですが、町屋良平の『1R1分34秒』も併せて読んでいます。このSFと純文学の併読というスタイルも言語に汚名を着せるためにやっています。
 町屋は『青が破れる』を読んで感心し、「水面」(『ぼくはきっとやさしい』)で失望し、それから読むのを止めていた作家でした。ですが芥川賞作家になり、また読んでみようかと購入だけしていました。相変わらずのスノッブぶりですが、近しい人の評判もいいのでまたトライする気になったわけです。読み終わったら感想をどこかで書きます。
 読みかけ、積ん読、買い逃し、まったく締まりのない僕ですが、これからどんどんやる気を出して、読書と創作に勤しみたい新年度です。この進歩のない足踏みさ加減が、僕のアカデメイアであり現時点での汚名といえますね。

松原より

2019年3月26日火曜日

十五通目 2019年3月26日

 松原さんへ

 ベケットの、何かを書くという際に取る態度は、本当に徹底していると思います。先日読んだ『いざ最悪の方へ』の解説において、ベケットがある時期から英語とフランス語、二つの言語で同じ小説を書いていたことについて、言語の物質生とは何か、ということに触れながら、語っていました。訳者自身がその解説を書いているのですが、そのベケットの、自作の英→フへの、あるいは逆の「翻訳」という行為は、他人がやるような翻訳ではなくて、ある意味内容が、等しく英語とフランス語に翻訳されているかのようだ、という意味のことを書いていました。伝わりますでしょうか?
   翻 (内的言語) 翻
英語 ← ベケット語 → フランス語
 完全な内的言語などというものもないし、ことはこれほど単純ではないとは思いますが。
 ベケットの後期の作品のじっさいの執筆順は、英からフ、フから英とはっきりと決まっていたようですが、 それでも、私達はその双方をまた翻訳された日本語によってしか内容を把握できないのがもどかしいですが、あの、意味からさまざまな距離を取りながら進む独特の文体について考えると、しかり、しかりだなあという気になってきます。
 翻って、自分の書き方はといえば、常にさしたる計画もなく言語に対する態度決定の表明などもなく、「書いていればそのうち面白くなるだろう」というようなことばっかり考えているので、ここ(ベケット)から、何か自分の書くことに対しての態度と引き寄せて考えようというのは、なかなか難しいことでありますが……。
 ただ自己正当化を許すとすれば、自分が小説を書く際に考えていることは、その即興生についてで、いかに自分がかつて考えていたものから外れるのか、思ってみなかったことが徐々に現れるのか、期待して書いている、ということが言えると思います。そうすることによってベケットが言語に大きな槌をふるったように、いかに小説という枠組みに衝撃を与えられるのかとなると、それこそ尻込みしたくなるような難問のように思えます……。
 ヒントとなるのは、ジョン・ケージやクセナキスの作曲における偶然性のアプローチでしょうか。ジョン・ケージのエッセイの中にいい言葉があったように思いますが、今手元にないので、また探してみます。
 季節の変わり目であり、職場でも身の回りでも何人もの人が体調を崩しています。お体お気を付け下さい。お母様はお元気にされているでしょうか? 山羊の大学の方、どうしますか? 漢代のある学者は、書物の語を書き写し、舌で舐めてその語を覚えたそうです。僕も何らかの一般常識レベル以上の学を身につけてみたいです。アカデメイアの再来、無頭人のような秘密結社の構成、ヘラクレイトスから続く炎の思考……。

Pさん

2019年3月19日火曜日

十四通目 2019年3月19日

Pさんへ

 こんにちは。この書簡を始めて早いもので2ヶ月が経ちましたね。振り返ってみると、「おらたち、アラン・ロブ=グリエみたいになるだ!」と鼻息荒く宣っていたあの新宿のルノアールで、この企画を立ち上げたのが、こっぱずかしくなるほど怠惰な日常を送ってしまっている僕ですが、Pさんは仕事と文学の両立、頑張ってらっしゃるとお見受けします。
 さて、僕のバイトの件、いまだに採用通知がこないところをみると、明らかに跳ねられたようです。これはもうラストチャンスみたいなもので、これで未来永劫、僕の賃労働の明るい未来は絶たれてしまったと、腹を決めて市井の文学者になるほか道は残されていないようです。というと深刻すぎるので、書店員として活躍する夢はしばらく寝かしておいて、健康管理を維持しつつ、気を引きしめ直して、文学の勉強に邁進したい所存です。
 前置きが長くなりました。では、今回の本題に移ります。いままでは主に読んだ本について意見を交わしてきましたが、これから数回に亘って、小説の実作、作述についてPさんと自己の体験を踏まえながら考えていきたいです。
 まず、なにから始めるかまったくの手探り状態ですので、先週の土曜日に僕が聴いて感動した小野正嗣のラジオ『歓待する文学』からベケットの手紙の一節を、六通目に続いて孫引きして、次回のPさんの返信に繋げたいと思います。

「ちゃんとした英語で書くことが、実際、僕にはだんだんむずかしくなっています。というか無意味にすら思えるのです。そして僕の言語がますますベールのように感じられるのです。そのベールの向こうにあるもの(あるいは無)に到達するには、それを引き裂かねばなりません。文法に文体! そんなものは、僕にとってはビーダーマイヤー風の水着とか紳士の平常心なみに的はずれなものになってしまった感じなのです。仮面なのです。言語を効果的にいじめ抜くことが、その最良の使い方になる時代が来るのを——ありがたいことにすでにそれを経験しているグループもあるようです——願うばかりです。言語をいっぺんに捨て去ることはできないのですから、少なくとも言語に汚名を着せるためにできることはなんだってやるべきです。それが無であれ何であれ向こう側に潜んでいるものがしみ出してくるまで、穴を開け続けること——今日の作家にとって、これ以上高い目標はないと思うのです。」
(一九三七年七月九日、アクセル・カウン宛・小野正嗣訳) 
 
松原より

2019年3月12日火曜日

十三通目 2019年3月12日

松原さんへ

「グスコーブドリの伝記」、不勉強につき読んでいなかったので、これをきっかけに読ませて頂きました。確かにおっしゃる通りだと思います。書簡の最後の方の話は、あの頃当然のようにNHKで何度も流れた「花は咲く」の記憶と重なります。様々な現実を覆うものとしての物語、美談の数々、そしてあらゆる人々の考えを一つの方向に束ねる歌。
 震災が起こった時に(あの日本全土が浮動し不安定になり誰もが正しい言葉を探すというきわめて危ない時期に)僕が信じられる言葉だと思ったのは高橋源一郎と佐々木中、坂口恭平と江頭2:50のそれでした。江頭2:50は自身の「ピーピーピーするぞ!」というラジオ番組において、東日本大震災のあった直後、支援物資がうまく被災地に届いていないという情報を聞いたというただそれだけの動機から、自身でトラックの調達から支援物資の受け取り、検問をくぐりとある老人ホームへその物資を届けるまで行ったというエピソードを明かしていました。
 坂口恭平も、自分の思いつきを自力で行い、いわば社会を変えようというどこかヒーロー気質のところがあります。グスコーブドリと同じ、「私達は何も出来ることがない」という無力感を幻想によって緩和させる麻酔の役割をするエピソードであり、それにしがみついていたのかもしれませんね。坂口恭平がツイッターで喧伝している「作業療法としての、小説を書くこと」、その実践、作品である「カワチ」という小説がもうすぐ二千枚をこえようとしているというエピソードを見て感心し、それに感化されてこの「書簡」を計画したのでした。その辺りのことは先日、非公開で行った保坂和志にまつわる対話の中でも最後の方で触れましたね。やはり自分の起源にあたる作家については、透明に語ることはできないのだなと改めて思いました。今まで課題になっていた十何冊かの本を保留にして、今サルトルの『自由への道』、『嘔吐』などを、とある因縁から読みはじめています。突然の激しい雨が何度か降り、そろそろ冬を抜けたなという感じが漂っていますね。偶然にも、うちの母の誕生日もつい先日あったばかりでした。互いに孝行しないといけませんね。アルバイトの件、首尾よく通ることを期待しています。

Pさん

P.S.あんまり具体的な、小説、文学にかんする話が薄かった気がするので、今読んでいる本について付記します。ツイッターでも公表しましたが3月の課題本は珍しく読書会のはるか前に読み終えました。ホセ・ドノソは他の作品も含めて読んだことがなかったので、ガルシア=マルケスなどと比較して考えて見たり(ガルシア=マルケスは、ラテンアメリカ文学というものの中でも、マジックリアリズムと言われる小説の中でも、特異だったのではないかと、今作から振り返って思いました)、ここでもやはり情景と言葉との間にある距離について考えたりしました(つまりは、そう言ってしまえば何か言ったような気分になるというだけのことかもしれませんね……)。あんまりここで感想について話すと約十日後の読書会当日の楽しみが減るのでこれくらいにします。しかし、読んでいる最中に散発的に思っていたことは、思いの外どんどん抜け落ちて行ってしまいますね。自分の書く小説にかんする計画の方は、全く立てられていないので、かなり焦っています。しかし、いろいろな企画を通して、いくつかきっかけはつかんだような気分でいますが……これも実践しなければ意味がないですね……。

2019年3月6日水曜日

十二通目 2019年3月5日

Pさんへ

 こんばんは。今日は母の誕生日で、明日は啓蟄です。啓蟄とは、「冬ごもりの虫がはい出る意」と『広辞苑』(第七版)にありました。僕もその虫に倣ってか、衝動的に近所の書店のバイト面接を受けてきました。結果はまだ出ていませんから、ここで吉報をお知らせできるといいですね。
 さて、前回のPさんからの書簡の一節「言葉から意味へのすごく慎重な滑り行き」への僕なりの返答をしたいと考え、ある読みかけの短篇を取り上げてみようと思いつきました。
 それは、宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」です。この作品は、東日本大震災後、原発問題が取沙汰されたときに「天声人語」で知りました。いやそのまえに、高橋源一郎経由でタイトルだけ覚えていたような気もします。まあ、それはともかく、どうやらこの短篇には、人知を超える災害と自己犠牲について書かれているようだ、と記憶していました。これから実際に読んだ感想を書きますが、この迂回がPさんへの真摯な返答になるかはいまはまだ不確かです。そういうわけなので、どうかお付き合いください。
 ここであらすじをまとめてしまうのも野暮なので省略させてもらいますが、一読してこの短篇は美談で泣かせる話である、と思ってしまいます。全篇に亘ってジブリアニメっぽい印象を受けるし、老若男女が感動できる要素に溢れています。でも僕は冒頭に上げた「言葉から意味へのすごく慎重な滑り行き」という一節を再度念頭に置き直して考えてみました。
 この短篇において忘れてならないのは、自然の残酷な非情さです。これによってひとも非情さを極めるものです。それは、物語という感動の装置からは想像できないくらいに遠くにある非情さです。しかし、ひとはそれを忘れてしまえる生き物です。言葉を操って、意味を使い、非情な自然に物語を与え、安心し満足することができる生き物です。震災の場合もそうです。想定外の大災害をまえに、ひとは物語に救いを求めます。それは、いわば麻酔です。べつにそれは報道だろうが、ドキュメンタリーだろうが、ネットだろうが同じことです。賢治のこの物語は、それらを明るみにさせる、徹底的な自然の怖ろしい描写と、人間のもつ奇妙で逞しくて楽観的すぎる精神構造をも浮き彫りにしているように思えます。
 Pさんもぜひこの機会に、震災について考えてみてください。

松原
  

2019年2月26日火曜日

十一通目 2019年2月26日

松原さんへ

 こんばんは。仕事が忙しく、結局僕の方も何も準備できずにこれを書いています。
 僕もあれからまた何の目的もなく古本屋へ寄ってしまう悪癖が出てきて、
大江健三郎『文学ノート』『大江健三郎全小説4』
『ソクラテス以前哲学者断片集第Ⅰ分冊』同『第Ⅲ分冊』
モーリス・ブランショ『カフカからカフカへ』
アラン・ロブ=グリエ『反復』
後藤明生『笑いの方法 あるいはニコライ・ゴーゴリ』
と、課題本のホセ・ドノソ『境界なき土地』
などを購入してしまいました。それぞれ、いつ読み終わるのかはわかりませんが……。
 最近自転車で遠出をすることにハマり始めたので、自宅から日本橋まで16キロほど漕いで行き、その帰りに神保町に寄ってしまい、そのように気軽に神保町に寄ることが出来るのは全く良いことではありませんね。半熟卵の乗っているネギトロ丼というのを購入し、そこで食べたのですがネギトロの真ん中に半熟卵の収まるべき空間というか窪みがあいているにも拘わらず、そこには半熟卵の姿がありませんでした。店員は年老いたおばさん一人で回していたため、たった四人客が来ただけでレジと製造と配膳でめまぐるしく動いていたため、「ここで声を掛けるわけにはいかない……」といって、しばらく待ってから声を掛けました。その間、ネギトロ丼に口を付けた場合に、半熟卵を置くべきスペースが欠損してしまったり、最悪の場合「あなたはネギトロ丼としてそれを食ってしまったのだから、もう半熟卵を置くことは出来ない」と宣告される恐れもあると思い、ただ日本酒を飲みながらその店員の手が空くのを待っていました。その間に、その店は食券制であった為、本当に自分はネギトロ半熟卵丼を購入したのかどうか、それは頭の中で悩んでいただけで、結局ネギトロ丼のみを購入したのではないのか? というところがはなはだ怪しくなってきました。しかし店員に聞いてみると、うっかり半熟卵をのせ忘れたというだけのようでした。しかし、半熟卵の乗るべき空間がしっかりと空けられたネギトロを盛り付けたにも拘わらず、半熟卵をのせ忘れるということが果たしてあるでしょうか? 自転車NAVITIMEは気持ちの良いほど直線の距離を指し示した為、向こう10kmほど幹線道路を直進するのは気分が良かったです。ああいったゆったりとした数百メートル単位の起伏を感じるときに、AとBがすれ違った時というベケットの情景を思い出します。金星が窓の外から見える。相変わらず。相変わらず窓の外に金星がベッドの上から見える。その時、彼女はこの生命の源をうらむ。『見ちがい言いちがい』の冒頭です。冒頭を、思い出しながら書きました。保坂和志は優れた小説は記憶することが出来ないと常々言っています。ベケットは(とりあえず、軽い言葉になってしまいますが)真に言葉の力を辿りながら小説を書いているゆえか、『伴侶』においてもこの『見ちがい言いちがい』においても『いざ最悪の方へ』の表題作、「なおのうごめき」のどちらにおいても、頭の中で特定の情景を結ぶことがありません。それはいくつかのシュルレアリスムの試みのようにあえてピントをずらしているというようなものでもなく、そもそも言葉が意味を結ぶこと、それから情景を結ぶこと、記憶に収まることというそれぞれの段階の作動方法が普通の小説(散文)と違うという事なのでしょう。読み続ければ、何かがわかるような気分にもなるのですが、読み終わるととたんに遠ざかってしまう。『夜の鼓動にふれる』を読んでいたときも、ちょうどそんな具合でした。ところで虚體ペンギンさんもとい環原望氏の『無名者たちの昼と夜』において庭に置いてある巨大な船の骨組みという構造物がありましたね。あれが何とも印象的でした。ベケットの言葉と意味との結び目についての追究を引き継いだのはやはり岡田利規であると思います。そのコンセプトをそのまま『コンセプション』という小さい冊子にまとめていました。彼の行う演劇よりも、というより並列して言葉の力によってより劇的に表現された、言葉から意味へのすごく慎重な滑り行きを、いかにそのままの形で観客に与えるのかという所を克明に描いていました。お兄さんの松原義浩氏も言っていたように、やはりポイントは言葉から意味へ渡るこのわずかで不可視な距離、にあるのではという気分に、今はなっています。内容の薄さを得意の冗長性で埋め合わせたような文面で申し訳ありません。返信になっているのかどうかも、はなはだあやしいですが、以上で失礼します。

Pさん

2019年2月19日火曜日

十通目 2019年2月19日

Pさんへ

 こんばんは。2週間ぶりの返信です。このゆったりとした間隔も、これはこれでいいものですね。前回のPさんからの書簡、ロシアとフランスとの関係が、僕としてはとても興味深い話でした(岐阜とロシアの話もよかった。)去年のロシアW杯でのフランス優勝も、どこか必然的だったのでしょうか。
 さて、僕は昨日、地元のT市から名古屋へ行ってきました。目当ては今池の映画館でしたが、そのまえに本山の古書店・シマウマ書房に寄りました。今月の24日に一旦閉店するとツイッターで知ったので、店主の鈴木創さんにそのことを訊いてみたら、14年間ここで営業なされて、今年の4月か5月にまた名古屋市内で営業を再開するそうです。僕の地元では、2013年に街の本屋さんの書苑イケダが閉店しました。その店主・池田仁さんは非常に有能な方で、僕はこの本屋に足かけ10年以上に亘って、大変お世話になりました。僕が2004年にメルキド出版の立ち上げができたのも書苑イケダのお陰です。僕はイケダの閉店の2月17日にお金を卸すのを失念したために、3冊の文庫本しか購入できませんでした。哀しい別れの意味を込めたわけではありませんが、『失脚/巫女の死』『ダブリンの人びと』『死霊Ⅱ』を買い求めたことを覚えています。ちなみに、それから1年後の2014年2月21日、僕は東京の丸の内で、阿部和重と初めて会い、サインと握手をしてもらいました。そしてさらに5年後の2019年2月18日、僕は移転間際のシマウマ書房で14冊の古本を購入したのです。以下がそのリストです。

『書簡文学論』小島信夫
『小説の方法』大江健三郎
『現代文学で遊ぶ本』別冊宝島編集部・編
『愛その他の悪霊について』ガルシア=マルケス
『小説の精神』ミラン・クンデラ
『地下街の人びと』ジャック・ケラワック
『燕のいる風景』柴田翔
『天使の惑星』横田順彌
『聖耳』古井由吉
『夏目漱石論』蓮實重彦
『野草』魯迅
『ユリイカ 吉岡実』1973
『ユリイカ ソレルス』1995
『文學界』2016・7
 
 店主が百円値引いてくれました。その後、今池まで地下鉄で移動して、ココイチで昼食をとり、正文館で文庫を見たあと、映画を観る意欲を失い、そのまま帰宅しました。
 いま話題の山本浩貴「Puffer Train」は、群像の結果が出たあとに時間をとって読みたいと思っています。
 今回は即物的な書簡になってしまったので、次回はしっかりと思考したいです。

松原

2019年2月12日火曜日

九通目 2019年2月12日

松原さんへ

 一週間はあっという間に来てしまうとも言えるしこの一週間のうちにいろいろな事が起こったとも言えますね。仕事が忙しくなり読書がはかどらなかった私を尻目に徘徊のさんと共に礼二さんがフォロワーに対して猛烈な本のプッシュを行っていたのが印象的でした。そのムーヴメントに僕もあやかり、一冊本を推薦していただきましたね。飯島耕一の『暗殺百美人』、ぜひとも読ませていただきたいと思います。
 さて、話題はロシア文学へ回り道をする、それもよりによってドストエフスキーの『カラマゾフの兄弟』に、ということでありますが、僕はこの作品を都合三回は通読している計算になるはずなのに、何も覚えていないといってよい状況です。すでにお読みになっているかどうかわかりませんが、「大審問官」の章が一番あの小説を読んでいて良かったと思える箇所でした。実際に読まれた確証を得てから、ご感想を聞きたいものです。小説が表現できる幅と多様さに驚いたものの、今に至るとチェーホフもそうですが、小説が何であるかとか、小説の持つ時空について考えが改まるという所まで影響は伸びて来ませんでした。何年かぶりに読み直してみたら、新しく立ち上る印象もあるのでしょうか。チェーホフの「かもめ」、「三人姉妹」の頽落した、何の興味もない劇中劇とか誰に向けるともなく喋り続ける老人の姿なども忘れられません。やはりゴーゴリでしょうか。念入りにハッタリをかます為にポマードを頭に塗りたくる『死せる魂』の場面や(僕も『死せる魂』の中巻だったか下巻だったかに差し掛かったところで止まってしまっています)、似たような場面がドストエフスキーの他の小説にもあったように記憶していますが、一銭でも支出を惜しむ地主の姿や「チョウザメの卵」という今でいうとキャビアのことでしょうが、執拗な料理の描写など忘れられません。魚卵全般が現在では高価な食材になってしまいました。また、チェーホフが日記の中でドストエフスキーについてたった一言だけ触れた言葉が「冗長である。」の本当に一言であったというエピソードなど、それらが一挙に後藤明生に流れ込み、目の前を明るくするという事もあるのかもしれませんね。キリストの言葉について、田中種助(田中小実昌の父)が何よりも言葉であるよりも光であったと言っていました。光景が全く具体的でないのに言葉より具体的な光とはいったい何なのか、聖職者でない私どもが思いもよらない言葉と存在に関する経験なのでしょうか。ここでドストエフスキーが死刑の瞬間に覚えたであろう癲癇発作の直前の閃光について思いを致すべきでしょうか。ドストエフスキーはやはり瞬間の作家だったのではないかと思います。いや、彼はどうであるとか、そんな断定的な事はせずにただ読めば良いのかもしれませんね。
 岐阜の地はその土地の広漠たるありさまとその地の作家の思考の粘り強さがロシアと近いと思います。フランスの流麗、純然たる伝統を維持しつつ急速に新しくなる力を得ているのとは対照的に、ロシアでは日本人が英語の外来語を多用するようにフランス語の外来語を多用する人物が俗物として出てきたりしますね。《神がかり行者》については、全く記憶にありませんでした。
『新しい小説のために』も『カンポ・サント』も『新しい人よ眼ざめよ』も、『いざ最悪の方へ』も、読み続けています。

Pさん

2019年2月5日火曜日

八通目 2019年2月5日

Pさんへ

 こんにちは。こんごは、週1回での遣り取りになりますね。さて、今週の書簡では「死と生」「新しさ」を考えるうえで、いままでに主に取り上げてきた記憶の作家たち、保坂和志、プルースト、ゼーバルトらから一旦離れ、まずはドストエフスキーについて書き、それからさらに「記憶」に戻って考えてみたいです。
 これまでの書簡で、ロシアの作家について言及したことはなく、僕が把握している関連事項としては、早稲田大学の露文科を卒業している後藤明生の名が、チラっと出てきたくらいだと思います。歴史は密に混ざり合っているので、ほかにもロシアとの有機的な繋がりを探せば、いくらでもあるのでしょうが、ここでは深堀りしません。
 さて、ツイッターなどでご存じの方もいると思いますが、僕はいま『カラマーゾフの兄弟』を読書中です。ドストエフスキーは、これまで『貧しき人びと』『白夜』『地下室の手記』といった短篇しか僕は読んできませんでした。どれもとても面白く、且つ興味深く、20代のころ読んだ記憶が残っていますが、この『カラマーゾフの兄弟』は、それらとはまた別種の小説であろうと思います。
 といっても僕が読み進めたのは、およそ三週間で、上巻の「第三編 好色な男たち 三 熱烈な心の告白——詩によせて」までです。つまりは上巻の40%です。この作品は上中下の三巻組で、一冊600頁以上はありますから、全体でいえば、まだ20%くらいでしょうか。第一編は半日で読めてしまったので、全巻一ヶ月で読める! と大見得を切ってしまいましたが、ほかにも読みたい本は山とあるので、これをぜんぶ読み終わるには一年、いやそれ以上かかりそうです。
 べらぼうに面白い、そんなボキャ貧な感想しか浮かんでこないのも事実ですが、気になったことをつらつらと書き留めておきたいです。
 まず、僕がもっとも引っかかった文中の言葉は《神がかり行者》です。これは僕が読んでいる新潮文庫の原卓也の訳文です。光文社古典新訳文庫の亀山郁夫訳では「神がかり」とされています。
 この言葉は、登場人物のソフィア・イワーノヴナとリザヴェータ・スメルジャーシチャヤに使われています。前者はカラマーゾフ家の当主フョードルの二番目の妻であり、後者はフョードルの私生児と噂されるスメルジャコフの生みの親です。
 ここで、兄から教わった一節を引きます。

「僕はひとつの計画をもっています。気ちがいになることです。」
(木野光司『ロマン主義の自我・幻想・都市像—E・T・A・ホフマンの文学世界—』関西学院大学出版会・29頁)

 これはドストエフスキーが、1838年8月9日に実兄に宛てて送った手紙の一部です。
 ドストエフスキーは、空間と忘却の作家だと思います。それに対し、「記憶」は時間芸術です。記憶と忘却は表裏一体であるように、時間と空間も自律した概念のようで紙一重の世界、いわばメビウスの環の世界でしょう。そこには時間的・空間的な永遠性が横たわり、ここにこそ《神がかり行者》がいるのです。つまりこの「気ちがい」とは、記憶と忘却、時間と空間の永遠性を往還するものなのです。それが僕の考える「死と生」「新しさ」だとひとまずはいえます。
 ですから、《神がかり行者》は、ゼーバルト「聖苑」における「コルシカの嘆き女」と「夢遊病者」に相通じるものなのです。また、昨日のバタイユ読書会とも通底するでしょう。

松原

2019年1月29日火曜日

七通目 2019年1月29日

松原さんへ

 こんばんは。僕はとんでもなく影響されやすいので、確かヘンリー・ミラーやフランシス・ベイコンがやっていたように、壁に引用の名言を書き付けて貼るという事をしています。ベイコンの場合は、レスリングの写真などを貼り付けていました。そこからあのように印象的な絵が生まれたのですね。紀行文というとやはりヘンリー・ミラーの『マルーシの巨像』を思い起こし、ついゼーバルトの文と引き比べて読んでしまいます。もっとも、『マルーシの巨像』も、途中までしか読んでいないのですが。ゼーバルトにおいてはフランス革命期、ミラーにおいてはギリシャ神話の発生期などにそれぞれ思いを馳せながら、道中で出会った印象深い人や物について語っていきます。ミラーでは特にカツィンバリスという憎めない人物が忘れられません。ミラーは秘教的なオリジナリティについて包み隠さず語るので、「わからない人にはわからない」という印象が強いです。それは小説でも変わらないでしょう。よって、「あのとき語られた語調や情熱、それこそが彼〔カツィンバリス〕の哲学であり詩だった、今となってはそれを知ることも出来ない」などと書くわけです。圧倒的に現実に対して信を置いていました。というかむしろ、ああいった態度にもまして小説に信を置いていたとなると、想像を絶します。いや、そういう等号や不等号を使うべきではないのかもしれませんが。そもそも、ああいった態度が常に彼〔ミラー〕の文体そのものだったのでしょう。僕も「アジャクシオ短訪」「聖苑《カンポ・サント》」のみ、読みました。これから読み進めたいと思います。クロード・シモンの『歴史』においても、フランス革命期前後の王朝の家系図などにも確か、触れていたと思います。保坂和志はひねくれているので、最初に出てくる登場人物がすなわち主要人物であるとか、いわゆる三人とか定数を中心とした人物のありがちな関係的バランスを崩したいという意図があったのでしょう。そう思うと、割と分かり易いですが効果はあると思います。僕も抜歯をした後の麻酔の効かない痛みに寄り添って孤独に過ごさなければいけない夜の描写については良く覚えています。保坂は他の箇所(確か『明け方の猫』に収録されていた「プレーンソング」以前の短編の「揺籃」)でも「痛みは人を一番弱らせる」といった事を言っていたと思います。具体的にどんな文面だったかは忘れましたが、「お腹が痛いと人はとりあえずどんな思想を持っていようと、どんな欲求を持っていようととりあえずはそれに屈しなければいけない」みたいなニュアンスだったと思います。ぜんぜんそんなニュアンスではなかった可能性もありますが。おそらくしっかりと読み直したら驚愕するのでしょう。僕は記憶力がすこぶる悪いです。脳の血流を増大させれば、少しはマシになるのかもしれませんが……温泉など行って、例えば……。
 僕は今まで新しさ(文体でも人物でも単語でも)について考えつかれた節があるので、今はいかに以前の型を踏むか(あるいは踏みながら新しいとはどんな事態なのか、いとうせいこうの「能」的なものか、ラップの「レキシ」的なものになるのか……)ということに腐心しています。繰り返しになりますが、何で人は新しいものにこんなに拘らなければいけないのか? (答えが半ば以上出かかっている問いとして)何で今になって、新しい生き方を模索しなければならないのか? その模索は彼らと同意義を持てるのか? 何か一つでも参考になる点があるのか? そこまで現状は切羽詰まっていると言えるのか? 言えなければ、新しいものに縋る必要はあるのか?
 実際、私はロブ=グリエが苦しんでいたのと同じように文体に対して苦しめるのか。その辺りの楽しさと苦しさに対して向かえなければ、ここにも答えは齎されないのではないかという予感があります。
 1月29日は、僕の誕生日です。今日で32になります。おめでとうございます。

Pさん

2019年1月28日月曜日

六通目 2019年1月28日

Pさんへ
 
 こんばんは。当初は一週間おきと決めていたはずの返信を、また翌日に返してしまい申し訳ありません。
 Pさんからの五通目がくるまでに、ゼーバルトの『カンポ・サント』をできるだけ読み進めておこうと思ったのですが、元来の怠け癖から始めの「アジャクシオ短訪」と「聖苑」しか読めませんでした。
 それから引き寄せられるように、保坂和志の「残響」の1/5ほどを読み、高橋弘希の『送り火』を読み終えました。「残響」は、磯崎憲一郎がたびたび薦めていたのは知っていましたが、パラパラ立ち読みしたのと冒頭を読むくらいで、長らく積ん読でした。
 僕は、てっきりこの小説は、冒頭に出てくる、ゆかりと啓司の話かと長らく思いこんでいましたが、俊夫と彩子という、ゆかりと啓司が引っ越してきた一軒家の前の居住者の話が、随時挟み込まれたり、気まぐれに早夜香の話になったりと、展開が重層的で驚きました。さらに、俊夫の哲学的考察には心底度肝を抜かれました。以下に、あまりのことに、そこで読むのを止めてしまった箇所を引用します。
 
「世界が完全に物質的に記述されたとしてそれで自分が満足すると思っているわけではなかったが、それでもとりあえずは世界についての完全に物質的な記述を知りたいと思っていた。」(『残響』中公文庫・105頁)
 
 そして、この「記述」は、ゼーバルトの「郷愁」にも呼応すると僕は考えました。『歓待する文学』で小野正嗣が、ゼーバルトの『移民たち』から引用した箇所を孫引きします。
 
「絵を制作していくときに出る塵芥とたえまなく積もる埃のほかは、どんなものも付け加えないことだ、そしてしだいにわかってきたのだが、このたえず積もりつづける埃こそ、自分がこの世でいちばん好きなものである。光よりも空気よりも水よりも、埃はわが身にずっと親しい。埃を払った家ほど我慢のできないものはない。ひと息ごとに物質が解きほぐれ消え失せてできる灰色のなめらかな粉末におおわれて、物たちがそっとくぐもって横たわっていられる場所ほど、自分にとって安堵できるところはない、と。」(『移民たち』白水社・174頁)

「記述」+「郷愁」=「埃」、Pさんからの一通目で「四元素」の話が出ましたが、「真の物質の起源」は「埃」であり、且つそれは「郷愁」を纏って「記述」できるのではないか。
 とにかく、ゼーバルトとの出会いは衝撃的です。これは、ロベルト・ボラーニョの衝撃にも匹敵します。『カンポ・サント』は、後藤明生の『首塚の上のアドバルーン』みたいだし、僕が敬愛する藤枝静男や古井由吉とも符合すると思います。ぜひとも、『ゼーバルト・コレクション』全七冊を揃えてみたいですね。
 さて、「気紛れ」な読書を経て、「胡散臭さ」の典型のようなひとまずの結論を得て、今回の書簡を終えようと思います。これに付け加えるのなら、この継ぎ接ぎの結論に、「新しさ」をどう接続するのか? そこには「死と生」がどう関わるのか? といった四通目で先延ばしにした疑問が、首を擡げます。
 
松原

2019年1月27日日曜日

五通目 2019年1月27日

松原さんへ

 こんにちは。記憶力とは僕は平坦にもいわゆるタモリ的記憶術くらいにしか考えていませんでした。私が生だの死だの言う時にも、言葉の抽象-具象度への配慮が先で、何を意味しているのかは二の次でした。小説を書く際にはよくこんなような適当なことをやるのですが、何といってよいか、この往復書簡のような場でもそうしてよいのかどうか、批判的に考えることもせずに、こんな事ではロブ=グリエに叱られてしまいますね。『新しい小説のために』において、「すなわち偉大な小説家とか、《天才》とかは、自覚のない、無責任で宿命的な、いやその上いささか痴呆的な怪物とでもいったもので、彼の発する《伝言(メッサージュ)》は読者だけが解読すべきなのである」ということを言っていました。ここで「偉大な小説家」とか《天才》と呼ばれている者が従来の小説家のイメージで、そんなものを捨て去るべきだという文脈で言っているわけです。私達は無我夢中に書いていつの間にか名作が生まれるみたいな(そんで周りの人間、プロデューサーやらマネージャーやらが母親のようにそれを支えてくれるといった)心地の良い幻想を捨て、戦略を練り、スタンドアロンで、狙い撃ちして打倒しなければならないと、僕はこれを読み替えました。似たようなことを、保坂和志が高橋悠治のエッセイを引用して、小林秀雄がモーツァルトについて言っていたことを批判していましたが、今手元にないので正確には引けませんが、モーツァルトが構想さえ出来てしまえば後はアヒルにでも楽譜を書き付ける事が出来ると言ったのを、そうであればその楽譜はアヒルに経由出来る程度の価値しかなかった、という意図の発言だったと思います。アヒルは楽譜を書き付けるために生きているわけでもないので、失礼な話ですが。話は戻りますが、ロブ=グリエの小説論を読んでいる際に、彼の小説は、いろいろな情景がかくまでも細かく、立体的に、そして意味を持たずに存在するということについては、了解できました。では、それはいったいどこに存在していたのか? 彼の小説はあたかも確実にあった記憶を余すところなく報告する、といった雰囲気があります(もっとも、その「報告する」スタイル、「私は確かにこれを聞いたので、聞き手はそれを信じる必要がある」として「物語る」スタイルをも否定するわけですが)。それは彼の否定する「深層」としての「真実」を求める態度と、いったいどこに相違があるのか? これは反語として言っているわけではなく、僕は信用する作家は必ず信用しながら読むことにしているので、そのどこかに肯定すべき箇所があるはずです。また、その周到に組まれた「戦略」とやらは、いったいどこから発想するのか? そのヒントは意外にも「気紛れ」や「胡散臭さ」の中に あるのかもしれませんね。ゼーバルトの『カンポ・サント』も、返信のあったその日に借りてきました。蓮實重彦が新潮の最新号でマルクス・ガブリエルについてケチョンケチョンにけなしていましたね。一日おきに返信を交わしていたから、もう出遅れた感じがあります。明後日の読書会の準備も自分なりに進めておきます。筋肉痛には温かいお風呂に浸かるのが一番です。

Pさん

2019年1月24日木曜日

四通目 2019年1月24日

Pさんへ

 こんにちは。先日、新宿のルノアールで、Pさんのアラン・ロブ=グリエ『新しい小説のために』を冒頭だけ読ませてもらいました。そこでも『サント=ブーヴに反論する』と似た主旨の、凡庸な評論家への手厳しくも爽快な批判がなされていました。この二作は、蓮實重彦の愛読者であれば、にんまりすること請合いですね。
 さて、Pさんからの三通目の終わりに記された「新しい小説が生まれるときの新しさとはいったい何なのでしょうか。それ自体、未決の問題なのではないでしょうか」という問いかけに、僕は僕からの二通目で、この往復書簡のテーマとして掲げた「死と生」の問題を重ね合わせてしまいました。
 しかし、僕はここで思考の碇を下ろさずに、即座に迂回してみたいと思います。僕が三通目の書簡で、さらに強くひっかかったのは、「小説を書くのに必須なのが、記憶力なのではないかと最近思っています」という箇所です。これは僕も最近考えたことです。それには、今月のNHKラジオ第2放送の『歓待する文学』で取り上げられた、W・G・ゼーバルトが大きく影響しています。そこでは講師の小野正嗣がゼーバルトについて、「ノスタルジア=郷愁」の作家であるとしていました。
 それを聴いた時点で僕は、ゼーバルトの著作を『アウステルリッツ』の十数頁しか読んでいませんでした。しかしそれでも僕は、この作家が「ノスタルジア=郷愁」の作家であるという話を聴いて、もっともだと膝を打つことができました。このラジオで語られた「ノスタルジア=郷愁」とは、「記憶」の純化した形態だと思います。(ちなみに、その回は「追憶の悲しみ」というタイトルでした。)
 僕は昨日まで読み込んでいた、高橋弘希の『送り火』を中断して、先だっての新宿のルノアールで、ロブ=グリエの『新しい小説のために』を見せてもらった日の午前中に、紀伊国屋書店で求めたゼーバルト『カンポ・サント』を、今日から読んでみようと思います。その感想は、次にまた述べてみたいです。
 それでは、なんとも手短な書簡になってしまいましたが、Pさんからの返信、楽しみにしています。

松原 

2019年1月23日水曜日

三通目 2019年1月23日

 松原さんへ

 こんにちは。『サント・ブーヴに反論する』を所収した『プルースト評論選I』ちくま文庫を、早速図書館で借りてきました。これから読もうと思います。サント・ブーヴという人の著作をまったく読んだことがないのできちんと読めるかどうか不安です。ついでに図書館の近くのとても品揃えのいい古書店でレヴィナスの『全体性と無限』岩波文庫も購入してきました。今まで被って購入してきた本をついでに買い取りして貰いました。六冊ほど売って八百円になりました。しかしサルトルの『嘔吐』などは、在庫がかさんでいることもあり、値がつかなかったかもしれません。個々の本の買い取り価格については、開示されることはありませんでした。その古書店は、たとえば古井由吉、後藤明生、吉田健一などの作家を集中的に取り扱ったりなどしていて、特に質の良い本を揃えているのであるから、僕もそのラインナップの邪魔にならないようなものを選んで、売ったつもりでした。それが八百円という売値の中に反映されているのかどうか、それはわかりません。一般的に言って、古書店の買い取り価格は定価の四分の一が相場なのではないかという感触を受けています。四分の一の値段で買い取って、その二倍の二分の一の値段で売る事によって、収益を得ているわけです。六冊で八百円というのは、なのでそれなりに健闘している方だと思います。繰り返しますが、それが僕が本の選定をした結果なのかどうかはわかりません。余談が過ぎました。『サント・ブーヴに反論する』より、「芸術にあっては、(少なくとも科学的な意味での)先達も先駆者もいない。一切は個人のうちにあり、その各個人が、芸術や文学の試みを、独力で、最初からやりなおすほかないのだ。先行者たちの作品は、科学の場合のように、後代の者がそのまま利用できる規定の真理を成していない。天才作家といえども、今日のいま、一切のことをしなければならない。彼は、ホメロスよりもはるか先まで進んでいるわけではないのだ」とのことですが、(ホメロスからフィクションの歴史を語り始めるのは、ブランショも『文学空間』で行っていましたね……)この文章の軸は「規定の真理」という部分でしょうか。文学が先行者の作品から後代の者がそのまま利用できる規定の真理を抽出することは出来ないのか? プルーストの作品が先行する文学から分け隔てられているというのも確かに感じますが、果たして完全にそうであるのか? 翻って科学がそうイメージされている公理系をこれが書かれた当時持っていたのか? それは現代に至るまで維持されているのか? それとも更新されているのか? 根本的な構造においてそうされているのか、それともそういう考察はなされていないのか、というのは科学においてなぜ古典的科学と現代的科学に隔てられるのか、それによって古典的ニュートン力学(たとえば)が否定あるいは別の次元の創出によって超克されるに至った理由みたいなものはあるのか? 人為的にそういう道に入ったのかそれとも? 翻って、芸術においてはそういう系譜の切れ目みたいのに関してただひたすら「一切は個人のうちに……」と言えばよいのであるか、それはさすがに肯定されないのではないか、など色々考えさせられます。プルーストの時代の「個人」「個人的」という用語は、どんな響きを持っていたのか。
 次の節に進みますが、「小説は科学論文のように、何らかの新発見がなされるべきだ」と常々考えてきたという所。非常に同意します。イメージ通りのアヴァンギャルドからいかに外れることが出来るのか。小説を統計学のレポート作成装置に流し込むことをいかに防げるのか。
 岡田利規が自伝を書くにあたって『遡行』という題/手法をとり、現在からすこしずつ時期を下って叙述していくという書き方をしています。なぜ私たちは遡行しないのか?
 単に能力的な話をすると、小説を書くのに必須なのが、記憶力なのではないかと最近思っています。記憶とは現前する限りにおいては新しいものなのか? 保坂和志が藤沢周の直感像体質についてあれはラカンの言う現実界と同じものだと言っていたけれども、本当にそうなのか? チェ・ゲバラなど、歴史の歴史性を構成するいくつかの固有名詞があるけれどもそれは作家の固有名詞と同じ機能を有するのか?
 まじめに考えると、新しい小説が生まれるときの新しさとはいったい何なのでしょうか。それ自体、未決の問題なのではないでしょうか。

Pさん

二通目 2019年1月23日

Pさんへ

 こんばんは。さて、またまた雑談の中から生まれた奇妙な企画を、二人で行うことになりましたね。いつまで続くのか皆目見当もつきませんが、やれるところまでやってみましょう。
 では、僕がここで特に考えてみたいことは、やはり「死と生」についてです。これは、Pさんの一通目にも記されていた言葉ですが、僕の人生においての一大テーマであり、それは僕がいままで書き綴ってきた習作群にも色濃く反映されているのだろうと思います。
 それを考えるにつけ、幾人もの先行者たちの成果と挫折を参考にして進めていけたらいいです。しかし、そのためには何度も何度もその問題から大きく迂回しないことには、問題の核心に触れることは不可能でしょう。それだけ難しいテーマを選んでしまったといまになって逡巡し、また「できるだけ多岐に亘りさまざまな問題に光を当てる」こととした、この自由度の高い企画に水を差す恐れもあるのではと、重大な危惧を抱きもするところです。
 それでは、あまり杓子定規になるのも、ブログの性質上つまらなくなるのですが、まずはざっくばらんに、Pさんが追伸で上げた、マルセル・プルーストの『サント=ブーヴに反論する』を初めて読んだ感想を述べさせてもらいます。
 プルーストによるこの批評文で、僕が注目したいのは、科学と芸術の相違についてです。プルーストはこう述べています。「芸術にあっては、(少なくとも科学的な意味での)先達も先駆者もいない。一切は個人のうちにあり、その各個人が、芸術や文学の試みを、独力で、最初からやりなおすほかないのだ。先行者たちの作品は、科学の場合のように、後代の者がそのまま利用できる規定の真理を成していない。天才作家といえども、今日のいま、一切のことをしなければならない。彼は、ホメロスよりもはるか先まで進んでいるわけではないのだ」
 僕は、「小説は科学論文のように、何らかの新発見がなされるべきだ」と考えてきました。でも、この文章やアルチュール・ランボオの『地獄の季節』の一節「科学。新貴族。進歩。世界は進む。なぜ逆戻りはいけないのだろう」などに触れ、その脆弱なアフォリズムはいとも簡単に瓦解するわけです。それは、「小説は自力で過去に遡り、その過去から未来の延長をすべて消す現在そのものにならなければならない」とでも書き換えるべきでしょうか。それとも、「小説は最先端であってはならない」と逆説的に新しい小説を規定するべきでしょうか。
 Pさんは、どうお考えですか? 

松原

2019年1月21日月曜日

一通目 2019年1月21日

松原礼二さんへ

 こんにちは。東京の書店巡りを終えての新幹線の乗り心地は如何でしょうか。東京はこの二日間たいへんに良い気候に恵まれて、良かったですね。道中内輪差などにお気を付けてお帰り下さい。新幹線に乗っていると、地域ごとの気候があまりに違うことに驚かされますね。先日名古屋に向かったときに、途中で雨に打たれたと思ったら、また晴れ渡るなど、晴れている空が一番感じられるのは少し空に雲が差したときです。養老天命反転地に赴いたときも、急に雪が降り始めました。あそこは山に面しているから、平坦な急斜面(?)に接しているというのも新鮮でした。ミトコンドリアに似た断面を持つコンクリートの中に日常的なバスタブやら黒電話風の電話などが埋め込まれている、あるいは新しい展開された(爆縮した)地図がミクロ化した山肌に縫い付けられているといった有様でした。明日には休園(?)するという日に見に行けて幸いでした。岐阜を中心とした中部地方にはやはり何か纏い付いているのでしょうか。老人ホームでは、よく人が亡くなる部屋やフロアなどが「呪われている」という言い方を日常的にします。塩を撒こうか! などという冗談まで飛び交いますが、それだけ死と生の圧迫がなければ、何というか、存在も存在を始めないのではないかという気もします。いわゆるビッグバンの起こる前も、そういった死や生などととても結びつけがたい或るもので充満していたのでしょう。荒川修作の体内にも気焔みたいなものが渦巻いていたのでしょうか。ソクラテス以前の哲学者の間では四元素のいずれが真の物質の起源であるのか、論じられていました。人間の体内には空気的なものと液体的なものと油的なものが循環しているとした中国独自の医学も、解釈の仕様によっては正しかったといえます。しかし、誰が正しいとか正しくないとか判断するのか? 『陶陶酒』は効きますよ。試してみて下さい。気温が低い日が続きます。是非ご自愛下さいませ。

 追伸、 『ボヴァリー夫人』は読みましたか? 『サント・ブーヴに反論する』の話などもしましたが、やはりグーグルマップの誤作動が一番楽しいのではないかという気もします。『新しい小説のために』が復刊してくれれば良いのですが。『盗聴されたヨコシマ』の斡旋、ありがとうございます。『西洋哲学の知 I ギリシア哲学』白水社です。もとは洋書の中世スコラ派までくらいをカヴァーした長篇哲学史のシリーズの一部のようです。フランソワ・シャトレは何気にドゥルーズとも繋がりがあったそうです、偶然ですが。レヴィナスの読書会はいつにしましょうか。『全体性と無限』か、『実存から実存者へ』のどちらかでしょうか。

Pさん