2019年8月27日火曜日
三十六通目(終) 2019年8月27日
先週末、神保町ブックセンターで行われた、クロード・シモン『路面電車』(白水社・平岡篤頼訳)読書会、お疲れさまでした。
私はそれに伴い2泊3日の東京旅行をしたわけですが、昨夕に帰郷して、鼻の頭は赤く腫れ、左足の腱は痛み、財布は軽く、荷物は極限に重く、いまこうしてポメラを打ち込んでいてもアリス・アドベンチャーズ・アンダーグラウンドでもしてきた心持ちです。
鼻頭には化粧水を噴霧し、腱にはアンメルツヨコヨコを何度ととなく塗布し、野菜料理でカロリー過多の外食を緩和ケアし、新宿で購入した中古CD8枚傾聴も2周目に突入し、ようやく体調が恢復してきました。
その折々に谷崎潤一郎『春琴抄』を読み進めてもいます。これはTwitterで偶然知り合った、ざーさんオイルさんの短篇「吊」に触発されて手にしました。ざーさんさんとは9月中旬に『細雪』読書会の企画も立てていて、これは「山羊の大学」として冊子にまとめてみようと思っています。
さて、去年の夏くらいから人との出合いが加速し、数多くの交流を持つようになってきました。これも2014年の崩れる本棚との邂逅、そして2017年からの生存系読書会がなければ起こらなかった事態といえるでしょう。その点においても、Pさんとウサギノヴィッチさんには感謝しても感謝しきれないです。これからもよろしくお願いします。
来月末には、去年から散々告知してきた合同誌「前衛小説アンソロジー 何度でも何度でも新しい小説のために」の締め切りもあります。Pさんに私から編集権を委任したわけですが、なにか問題があればなんなりと相談してください。
これで、今年の1月にスタートした生存書簡も終わりになります。最終回、近況報告と告知だけになってしまい恐縮至極です。私は議論が深まりつつあるところで問題の深層を回避し、あまり結論めいたものを出さないように努めてきた嫌いがありました。多用してきた表記の「」(括弧)は判断の「保留」だったわけです。反省しています。
これはあくまで一期の終わりであり、完全終結ではない、とまあ先のことはわかりませんけど、いちおう現時点においてはそう宣言しておきたいと思います。
長丁場、みなさんお付き合いくださり、ありがとうございました。それでは、再見。
松原
2019年8月21日水曜日
三十五通目 2019年8月21日
夏が終わろうとしています。ドゥルーズの言うように、人の孤独である権利を邪魔しないような共振・共鳴を生み出すというのは、難しい事です。確かに、我々は例えばベケットとか、ヌーヴォーロマンとかいった、小説性を押し詰めたような極を見つめるといった場面に差し掛かっているわけですが、それだけでは何かが欠けていると思わされます。水道料金の民営化に対する政府への意見箱のようなものが今日で締め切られると言う事で、一部で話題になっています。兄が「AIが今後進化していって、神にも等しい存在になり始めたとき、我々はどう振る舞うべきか」と訊いてきたので、「それは計算機科学に属するのでは無く神学に属する」といった返事を、確か行いました。「どう振る舞うべきか」、といった決然とした言い方はしていなかったかも知れません。最近体調が悪く、あまりまとまって物を考えられなくなってきているのですが、自分でそう言いつつ言い訳のように感じられもし、根本的に物を考えられなくなってきているのではないかとも思います。『路面電車』の中でシモンが、ブリューゲルだボッシュだというあの時期の絵画について触れている箇所がありましたが、まさにシモンは良くも悪くも視覚的なヴィジョンをつねに問題にしている作家だと思いました。それだけではないけれども。『狂気の歴史』の冒頭にある、視覚的ヴィジョンにおける狂気の表現と、人文学者のそれと、という箇所。今回の読書会に伴いリカルドゥーという、『テル・ケル』の中心人物の一人の評論を読んでいたのですが、ほとんどがサルトルへの反論で埋め尽くされていてなんだか憔悴しました。いっそのこと散歩でもした方が良いのかも知れませんが、この暑さではどうしようもありません。文芸の未来というより、無印の『未来』というものが、本当に存在する物かどうか、疑問でなりません。
最後の往信にふさわしくない悲観的な調子に終始してしまいましたが、無軌道に始まった企画ですので、そんな風に終えるのも良いかと思っています。今手につかんでいる物を手がかりにし、ひたすら進んでいくしかないですね。1月から毎週のこと、お付き合いありがとうございました。
Pさん
2019年8月13日火曜日
三十四通目 2019年8月13日
Pさんへ
昨日、私は地元の図書館でグリフィスの『散り行く花』(1919・米)を観ました。館内の視聴ライブラリーでビデオを鑑賞するのは本当に久しぶりのことでした。資料を引っ張りだしてみたところ8年ぶりでしょうか。「2011/10/21」の『いとこ同志』がもっとも新しい記録です。私の記憶が確かならば『二十四時間の情事』が最後だったような気もします。現存の「利用者券」には『タイム・オブ・ザ・ウルフ』『非情の罠』『十九歳の地図』『カーネギーホール』『コード・アンノウン』『突撃』『死の接吻』『イタリア旅行』『蜘蛛女のキス』『悪魔スヴェンガリ』『審判』『2001年宇宙の旅』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『存在の耐えられない軽さ』『パンドラの箱』がありました。散逸したもののなかには『ビッグ・コンボ』があったことくらいしか思いだせません。これからはまた気まぐれに映画を図書館で観ていきたいです。
さて、前回のPさんの返信で、この「生存書簡」(一期)の今月いっぱいでの終了を伝えていましたね。長期間、お疲れさまでした。8月27日の私からの書簡で一旦終わりとなります。来春には二期の開始を考えていますが、Pさんはラジオやノートなど企画が目白押しで、私のほうもいろいろと身辺騒がしいので、ここらがいい引き際です。
定期的に読んでくれていた方もおられたようで、連載中はたいへん励みになりました。トートロジーが散見したと反省しますが、今秋には冊子化を予定していますので、よろしければお目汚しに。
では、私からもPさんからも、あと一回ずつなにがしか未来への問題提起ができればいいです。
松原
2019年8月9日金曜日
三十三通目 2019年8月9日
光に満ちた空間でもなく、闇に浸された空間でもない、単にあるだけといった灰色の空間を好んでベケットは選んでいましたね。私達がどういう空間に属しているのか、どうそれを認識しているのかといったことは重要な問題であり、それを描くことは小説の責務の一つであると感じます。個人的なことですが、明日うちの家族が全員久しぶりに実家に集まります。あまり過去をなつかしがってばかりいてもネタ切れになると思いますが、自分のよって来るルーツを振り返ることは創作上においても大きなできごとであるように思います、じつに個人的な事ではありますが。前に語ったことがあるかもしれませんが、松原家の礼二さんのように、私にも表現活動の手本にもなり遠くあおぐような存在になった兄がいます。建築の分野でビックリするような規模の成果をあげているのですが、大学の卒業制作はやはり、わが家のルーツをとても強く意識したものでした。それと同時に社会に対する実にクリティカルな疑問を呈するものでもあり、それゆえに単に作品として受け入れることを拒んだ先生方と賛否が分かれ、結局大賞は逃してしまったとの事です。その作品とコンセプトを見せられた時の衝撃は今に至るまで尾を引き、今でもあの作品を頭に思い描いて手を組んで「何だあれは……」と考え込むことが度々あります。ジャンルは違えどあれに匹敵するような小説が果して自分に書けるのかどうか、兄もそれを望んでいましたが情熱というものから置き去りにされたようになっている今ではそれももう不可能なのではないかと思えてしまいます。信じられないような暑い日が続いています。名古屋の旅においてはずいぶんお世話になりました。名古屋名物を食すことが出来たのは幸いでした。読書会の帰り、暑すぎる道すがらお話ししたところで決めた事ですが、そろそろこの生存書簡に一旦区切りを付けようということになりました。今月中で第一期が終了するという体で、互いに抱えている企画も多くなってきた所で、僕も難儀になってきた所でした。この生存書簡も枚数は今までの所で百枚は超えている目算なので、分量としては十分なのではないかと思います。
クロソウスキーの『ニーチェと悪循環』を長い事図書館で借りては返ししていたのですが、哲学書房刊行のものでずいぶん重いので先日文庫版を購入しました。これも『モロイ』『百年の孤独』と同じで、取っかかりの所だけ何度も挑戦しては挫折している本のひとつです。長さもさることながら、余りに書いている内容の散漫としていることが原因だと言い訳のように考えますが、クロソウスキーもニーチェのある重要な部分を引き継ぎ、それに導かれるようにしてそういう書き方を余儀なくされたのでしょう。何が継がれて何が単なる模倣であるのか、直感でわかるような気もするのですがそれも簡単には言えない所です。クロソウスキーの著書のことも、保坂和志の小説論から知りました。そろそろ、何かに従うということにけりをつける頃かもしれません。
最近、読書会を、それも大部のものを相手取りつづけていることによって、本は一回限り読むのではわからない取り逃す所が山ほどあり、これから何度も読むことになる本の最初の一回を読んでいるのだということ、読書とはそういうものであるということが段々にわかりつつあります。気の長い、業の深い話だと思います。自分自身の言葉だけで語ることは、どうにも薄っぺらくなりますね。それでも何かを得たいと思っています。
Pさん
2019年7月31日水曜日
三十二通目 2019年7月31日
わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たのだ。
(マタイによる福音書 10章 34節)
見よ、わたしはすぐに来る。わたしは、報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる。わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。
(ヨハネの黙示録 22章 12節)
暑い名古屋での『モロイ』読書会、お疲れさまでした。せっかく遠路遙々お越し願っても、CDをまたぞろ4枚奪い、ラスクまで頂戴して、挙げ句の果ては味噌煮込みうどんにまで付き合わせてしまい大変申し訳ありませんでした。これに懲りずまたのお出でをお待ちしております。
翌日の映画鑑賞会、いかがでしたか。私は寝不足のためけっこうきつかったのですが、お二人が楽しめたのならこれに勝る喜びはありません。
さて、相変わらず可視・不可視のネット・現実でさまざまな言説が飛び交っていますね。このほとんどは「正しき言説」(オラティオ・レクタ)ではない「アナレクタ」なんでしょうか。私はそうは思いません。どんな「余りもの」「無用もの」でも、「実用」「実際」の範疇からこぼれ落ちたとしても価値はあるのではないか、なんていつもながら愚考します。
それが喧噪・騒乱の温床になるのでしょうが、前掲した聖書からの引用のようなことにもつながるのかな、と。
ここ数日の疲れもあってうまく頭が回りませんが、気まぐれに『万引き家族』(2018)を観たのでその感想を書いて終わります。
始めのほうは冷やかし半分で飯を食いながら斜め見して、タイトルの出し方とかセンスないな~、なんて北野武や黒沢清と比べて心底呆れかえっていた。だが、樹木希林が亡くなった辺りから、さらには警察への供述から、どんどん映像世界に引き込まれ、最後には泣いていた。闇の中の光というものだろうか。公の光には決して理解も共感もされない独自の光。それがそもそもの家族。家族とは血縁関係なんかではない。家族はその光を共有できる、生活をともにする、ともに光を信じる関係のことだ。
まずもって映像に溢れる光の演出を見てほしい。『そして父になる』にはなかった細部に渡る光の描写。心の襞さえ映像に表出している。
だがその光は脆く儚い。いつなんのタイミングで遮られるかわからない。しかし光は消えないのだ。必ずどこにいても光は届く。闇の中に隠されているのではなく守られてさえいれば。
松原
2019年7月25日木曜日
三十一通目 2019年7月25日
2019年7月18日木曜日
三十通目 2019年7月18日
先日の『百年の孤独』読書会、お疲れさまでした。私はそのあと、グアテマラの短篇を読んだのですが、読書の倦怠感のようなものを覚え、それから、がらりと趣向の異なる矢部嵩「[少女庭国]」を手に取りました。読み終え、次に小松左京「影が重なる時」に移ろうとしましたが、読んでいる途中で先の「[少女庭国]」の感想がつらつらと浮かび、いま話題の小松左京評を書くのは止めて、矢部嵩の今作について考えてみようと思いました。
いつものようにあらすじは省略させてください。私はこれを読んで始めは現代的な言語表現に違和感を覚え、なかなか読み進めることができませんでした。それを無理して流すことで先へ先へと押し流されるように読んでゆき、そこで「紋切り型」への抵抗の新しいアプローチだったのかな、という感想が小松左京の本を手にしているときに浮かびました。
どういうことかといえば、これを読んでいると大概の読者は『バトル・ロワイヤル』や『ソウ』なんかの集団殺人物を思い浮かべ、いつ殺し合いが始まるんだろう、どんなイヤミスを味わえるんだろうと、マゾヒスティックな想像をしてしまうものだと思います。僕もそうでした。でも話は違う展開を見せてゆく。その詳細についてはネタバレになるので触れませんが、ここにはアンチクライマクスといえるような、物語批判といえるような、高度な批評性が窺えます。
それを大江健三郎のレイトワークのような純文学でやるのならまだしも、娯楽性の高いハヤカワSFでやってしまったことが矢部の新しいところかなと考えます。それが私の未読の「少女庭国補遺」や「処方箋受付」でさらに高みへと達しているのだろうと推察します。
翻って小松左京延いては流行中のリュウ・ジキン『三体』(今日、買いました)はその物語批判を織り込みずみなのか気になるところです。
下半期、日本並びにアジアのSFを読書会以外では読んでいこうと計画しています。
松原
2019年7月10日水曜日
二十九通目 2019年7月10日
買ってからほんの少ししか読み進められていなかった中原の『パートタイム・デスライフ』を半分ほど読みました。僕は「紙飛行機」の中でほんの少しだけ中原昌也風に書くことを意識してみていたのですが、やはり本物は違うと思わされます。青木淳悟もそうですが、ある物とか社会制度みたいなものをあげつらって、場面を作り出す。前にも何度か中原昌也が、全く同じ文章を繰り返していたり、ほとんど同じ場面を似たような言い回しで繰り返すところがあります。彼の場合は本当に純粋に文字数稼ぎの為にやっているんでしょうか。漫☆画太郎と同じようなことをしている。痛快ではある……
中原昌也は何重かの意味で小説が持つ価値みたいなものを打ち消す為に書いていて、全く現実的なつながりを断とうとしているかのようです。小説内における言葉の効果の薄さやずれ、この小説の対外的な立ち位置も、いわば「死んでも何も残さない」かのように、一定の感慨とか、「読んでいて良かった」と思える何物も残さないようにしているというか……しかし単純にそうと言い切れるかはわかりません、ともかくこの、他の、一般にはそう思われているけれども案外そこまで徹底してなされてはいないところのフィクションの自立した姿などが、ヌーヴォーロマンとの共通点といえるでしょうか。これだけ無造作にかつ自由で個性的に小説が書いてみたいものです。
中原も青木も、デビューしてからまたひと世代経とうとしている、もう次が現れて良い頃なのかもしれない(あるいは、もう現れているのかもしれないが)けれども、僕に関しては、文芸界の状況をいまだにつかみ切れていないような状態です。今まで新しいと思っていたものが、もうすでに古くなっているといった焦りにかられます。焦っていても仕方がありませんが。新しい小説が、まだ書き出せずにいます。書簡の今回分を中原のパロディーにしてみようかと思い立ってしばらく書き進めたのですが、空しくなって途中で反故にしました。それから近所に新しく出来たラーメン屋でたらふくラーメンを食べ、眠くなったので夕方まで寝ていました。
気合いを入れ直す為、ストイックな作家の伝記でも読むことにします……
Pさん
2019年7月1日月曜日
二十八通目 2019年7月1日
今回はTwitterの予告どおり、中原昌也『こんにちはレモンちゃん』(幻戯書房・2013)について書きます。
一読した率直な感想としては「俺が馬鹿だった。間違ってた」でした。どういうことなのかを順を追って説明するために、まず「フランス現代文学」(主にヌーヴォーロマン)に関する思い出話をさせてください。
僕が「ヌーヴォーロマン」という単語を知ったのはいまから三十年近く昔になります。僕はたしかまだ高校生になったばかりで、気まぐれにふらっとひとりで岡崎の古本屋めぐりをしました。(後にも先にもこの一回きりでしたが)
そこでは町沢静夫の精神分析の書籍やチェーホフの『退屈な話・六号病室』(岩波文庫)などを買い求めたと記憶しています。そして、そのなかに何気なくタイトルに惹かれて買った『ヌヴォー・ロマン論』※原文ママ(J・ブロックーミシェル・現代文芸評論叢書)という古めかしい本があったのです。(同叢書からリカルドゥーの良書が出てたなんて知る由もありません)
いまは手元にないので正確な確認はできないのですが、おぼろげに覚えていることとしては、「ヌーヴォーロマンはよろしくない」「グリンメルスハウゼンのほうがよっぽど革新的だ」「その理由をこれから述べる」といったようなことだったと思います。(間違っていたらごめんなさい)
僕は単語のかっこよさから「ヌーヴォーロマン」にそこはかとなく期待を抱いていたので(ヌーヴェルヴァーグみたい! というよくあるあれです)とてもがっかりして、続きを読むのを止めてしまいました。
それから兄の百科事典で「ヌーヴォーロマン」を調べてベケット、ブランショ、ロブ=グリエなどを詳しく知ることになり実際に図書館や書店で探して読んだり見つからなかったりしたのですが、概してよくわからない文学なんだなという甘い認識で終わってしまいました。(悪い早熟の典型です)
なんだか長くなっていますが、それから時は過ぎて1996年、僕は中原昌也の小説に出合います。それはヌーヴォーロマンと違い一発で虜になるほど引き込まれる世界でした。でもそれから僕も成長して渡部直巳などを読み、どうやら中原はフランス現代文学に多大な影響を受けているらしいぞ、ということに気づかされました。でもまたぞろヌーヴォーロマンに手を出そうとは思わず相変わらず舞城王太郎や佐藤友哉を読むことで日々を忙殺していました。
それでつい一年前くらいのことです、Twitterで虚體ペンギンさんに出会い、彼の作品ならびにpabulumを読ましてもらい衝撃を受けたのは。まさにそれは僕が若かりしころに見切りをつけたヌーヴォーロマンを彷彿とさせるものだったのです。そしてさらに今年、キュアロランバルトさんの作品を読む機会があり、それにもフランス現代文学の影響が色濃く投影されていました。二人の作品は同じ文学潮流の影響下にありながらまったく別様の代物です。でも僕はどちらにも新しい文学の可能性を感じています。
さていま一度、中原の小説に話を戻しますと、つまりは中原をひさしぶりに熟読して虚ペンさんやキュアさんの過激な文学熱と同期する衝撃を受けたわけです。僕は最近、安部公房や三島由紀夫を読み、いたく感動しているとどこかで書いたと思いますが、これらの文学の批判として中原が出てきたことをあろうことか失念しておりました! 安部や三島の予定調和なところは阿部和重も批判していることですが、中原の著作は、紋切り型の表現を無意味になる地平まで突き詰めており、一口にいう文学とは似ても似つかない言語的センスで、旧来の純文学をハルキより過激に刷新したと僕は感じていたのでした。そしてこれはヌーヴォーロマンがフランス近代文学に与えた爆発的な打撃と総じて同義なのではないか、と。(手法は異なりますが)
大げさではなく、虚ペンさんとキュアさんがこれからすくすくと成長して、同人界に留まらず日本文学延いては世界文学に一石を投じるようなものを書いていってほしいです。僕やPさんのおじさん組も彼らに負けず劣らず果敢に文学的冒険をしていきましょう。
松原
2019年6月25日火曜日
二十七通目 2019年6月25日
本というのは結局のところ密室のような、本だけからなる空間からしか生み出せないのだろうか、ということを、ある時から考えるようになりました。それは、前にも再三話題にした、小説にとっての外部性とは何かということに非常に近付いてはくるのですが……考えることを続けさせて下さい。引き続き、今年の自分の挙動を振り返るようなことは続けていて、崩れる本棚の note の方に後々載せようと思っているのですが、非常に個人的かつ肉体的な事情として、最近物忘れが本当にひどくなって困っています。もともと何かを忘れることに対して居直るように無頓着であり、重要なことを忘れる所を他人事のように面白がる癖のようなものがいつからか付いてしまったのですが、中年に差し掛かってそれが笑えないレベルに至ってしまったのはそのように居直ることによって物事を振り返る手間を省き続けてきた事への生化学的な報いででもあるのかもしれません。
冒頭の話題に戻ると、今年の初めに僕が読んだ田中小実昌の『アメン父』などは、綺麗に繕った伝記、ノンフィクションといったものに対する根本的な、言葉を書きつける瞬間からしての懐疑のようなものが全篇にみなぎっていて、小説や、文学的なものに対する外部ということを考える大きなヒントになりました。もちろん、『非-知』にしてもそうです。非-知というバタイユの概念は、まさにそのことを正面からとらえたものだと思います。これもどこかで言った繰り返しになるのかもしれませんが、今までバタイユの諸作を敬遠していたことが悔やまれる程の良い体験になりました。
僕らが始めた「生存系読書会」ももうずいぶん続けて来ましたが、はじめのうちはコンパクトな近代文学を取り上げていて、一種の勉強会みたいな印象が今より強かったように思います。それが、カフカの「日記」を取り上げたときが皮切りでしょうか、ドノソ、マルケス、朝吹真理子、それから未来ですがベケット、シモンと、ある種のアンチ・ロマン的作品に焦点が移動してきており、量も増してきています。「メルキド出版」の活動も多角化してきています。松原さんに僕の気に入る音楽を送りつけたのも、どこかでそういう「小説の外部性」を頼ったコミュニケーションを期待してのことだったように思います。降ったり止んだりの安定しない気候が続きますね。御自愛を継続した生活を送って下さいますようお祈り申し上げております。ゆっくりとですが、メンバーの間で徐々に前衛アンソロジーの作品に対する意思表明や言及が増えてきたような雰囲気が漂っています。私は途方に暮れています。皆が皆、まず得体の知れない「前衛」という言葉に対し、何ぞや? とぶつからざるをえない、この状況を作り出したこと、それ自体にまず価値があると思います。繰り返しになりますが、僕個人は途方に暮れています。一行も書けていません。まだ締め切りにはまだ間があるようですが、おそらく、二つの巨大な読書会をこなしているうちにあっという間にその時が来てしまうのでしょう。、今年の初めに、マジカントと崩れる本棚の二つの締め切りを前にして途方に暮れ、えらくふさぎ込んでいたことの再来です。しかし自分を追いつめないことにはどうしようもない、そんな風に小説を書くことを前にして腰の引けている自分を客観的に眺めると、果して自分は小説を心から楽しく書いているといえるのか? 疑問に思えてきます。松原さんはそういう思いにかられる時はありませんか? また、そのような時はどう対処しておられますか? 教えて頂けると幸いです。
Pさん
2019年6月20日木曜日
二十六通目 2019年6月19日
返信、遅れました。今回は、Pさんがどこかでこの半年を振り返っていたような気がするので、僕もやってみようと思います。
では、2019年上半期に読んだ本のなかで、印象的だったものをとりあえず10作上げて、なにかしら考えてみたいです。
①砂の女 安部公房
②送り火 高橋弘希
③鳥打ちも夜更けには 金子薫
④ヤンの未来 ファン・ジョンウン
⑤ニューヨーク革命計画 アラン・ロブ=グリエ
⑥潮騒 三島由紀夫
⑦チャンドス卿の手紙 ホーフマンスタール
⑧二分間の冒険 岡田淳
⑨老人と海 アーネスト・ヘミングウェイ
⑩挑戦 フィリップ・ソレルス
(読了順)
まえまえから基本的な読書をしようと標語のような目標を立ててやってきた節があります。ですからできるだけエキスパート向けの本(たとえば『死霊』『豊饒の海』『V.』など?)は避けて、というか先送りにしてきました。いつかは読んでみたいですが。それで去年からいままでに『城』や『カラマーゾフの兄弟』を途中で投げていたわけです。まあ、言い訳半分ですけど。
前掲のリスト、それなりにバラエティに富んだ本を読めた気はします。しかし長篇・短篇・詩歌・評論・漫画などを含めてもこの半年41作読んだだけなので口惜しい限りではあります。なんせ「SF作家宣言」をしておきながら、ほとんどそれが進んでいない惨状に愕然とするばかりです。
今年に入って意識的に音楽を聴くようになりました。それは村上春樹のラジオの影響だったり、ただ疲れやすくなっているので疲労回復のためだったりするわけなんですが、そのことにより書いている文章にも影響が出てきてしまいました。まあ、これは去年の夏頃には顕著な表れが出ているようにも思えますけどね。
果たしてこの波及が吉と出るか凶と出るか。わかりませんね。とりあえず硬派な文芸誌には向かない文体になってきてしまったという自責の念があるにはありますが。やはり本を読まねば自分の文体を作ることは容易ではないですね。
というわけで残り半年も基本的読書を継続していきたいわけですが、今年の年末から来年1月にかけて大西巨人『神聖喜劇1』を、来年初頭にはル・クレジオ『調書』、P・K・ディック『ヴァリス』の読書会を予定しています。というかそのまえにこの6月下旬に『百年の孤独』の後半を読み、夏にはベケット『モロイ』、シモン『路面電車』のリアル読書会があるわけで、これでは基本を優に越えて応用編にいつのまにか移っているようです。あくまで自然にスムーズに…… と思いたいところですね(予定通り行くといいです。)
松原
2019年6月11日火曜日
二十五通目 2019年6月11日
松原さんへ
「紙飛行機」への感想、ありがとうございます。直接的でなく、ひたすら創作行為を鼓舞するような口調が、松原さんらしいと思いました。自分としてはいまいち垢抜けないこぢんまりとした作品になってしまったと、後悔しています。
いつかヘッセの読書論を巡って、ツイッター上で対話をしましたね。そのことと「著者の遍在性」ということなどが、分解したり統合したりしながら、頭を巡っています。仕事が幸いにも負担が軽くなっているので、いつになく読書が進んでいます。関係ありませんが、7月の「モロイ」の読書会には、申し訳ありませんが前回使用したICレコーダーは繰り返しの再生がやりにくかった記憶があるので、また別の物を用意して持って行こうかと思っています。いとうせいこうが「鼻に挟み撃ち」の中の短編か何かで、テープ起こしをする享楽について語っていましたが、僕にとってもまさに享楽的側面があります。何時間も聞き取りづらい音声と格闘し文字にしていき、当然のように口にされる言葉が全く文字に転換出来なかったり、不自然な並びになったり(意外なようですが、発音された言葉の中のかなり多くの部分が、文字にしたとき不自然になるというよりも、全く文字に直しようのないただの挨拶だとか、相づちだとか、突発的な感嘆句だったりとか、単なる発声そのものでしかなかったりすることに驚きます)、またコミュニケーション上当たり前になっている口頭の言語が文字に直される時の新鮮な感じに打たれるのです。打たれながら、何時間も音声を頭の中に、繰り返しインプットしながら過ごす時間は濃密で、その時目の前に位置している相手とはまた別の何かが、共有している空間の楽しさや白けた感じそのものに対峙しているような気がします。その幾分かは前回の「カフカ読書会」で表現出来たかと思いますが、カフカの日記のテキストに触れる何倍か、ベケットの「モロイ」の文章を読むと混乱してきます。文章を書くときの落ち着きとはぜんぜん違い、人に対峙して話すと読んでいる時の混乱の九十パーセント近くは夢を忘れる時のようにどっかに消えてしまいます。僕はつとめて本を読んだときの感想を述べる時はその混乱を可能な限り再現しようと思うのですがなかなかうまくいきません。ともあれ、7月の読書会を楽しみにしています。名古屋の地を踏むのがこれで二度目になります。あの余韻からこの書簡が始まったことを思うと、感慨深いとともに、互いに火曜日に追われているようなサマを見ると業のようなものまで感じてしまいます。
最近、「メルキド出版」としての活動が、他のアマチュア作家のみなさんを巻き込んで本当に出版社めいたものになりつつあるその行動力には舌を巻いております。クリストファー・R・ブラウニングの「普通の人びと」の記録の一節や、渡辺一夫がフランス王朝の発言録を引用しているのを読むにつけ、このような一介の文学オタク同士の会話のようなものも、数世紀後になんかの理由で発掘された際には少しは面白みがあるんじゃないだろうかなどと、益体もないことを考えたりします。
前回の書簡の中では、「ビートルズもマイナーなファンクバンドも、前衛音楽も並列に聴き漁った。」という所が、とくに感銘を受けました。いろいろな種類の音楽を松原さんに送りつけておきながら、最近はかつて聞いた音楽を酢昆布でも噛みしめるように聞き直すばかりで、新しい音楽に触れることを全く怠っていました。それは、慣れた音楽に慣れていくだけで音楽とは何なのかについて全く考えることをやめてしまったことを意味します。かつて自分に革命をもたらし、音楽とはこれだという確信を齎した素晴らしいサウンドも今となってはどんどん輪郭を失いつつあります。
どんどん前に進むしかありませんね。
Pさん
2019年6月4日火曜日
二十四通目 2019年6月4日
先週の『百年の孤独』読書会、お疲れさまでした。対話をしているうちに思いのほか新しい知見も生まれ楽しかったです。6月もよろしくお願いします。
さて、今回は内輪な話題で恐縮しますが、Pさんの春文フリ作品「紙飛行機」(『崩れる本棚』No.8.0)の感想を書いてみようと思います。
Pさんは1987年生まれで僕と一回り違う。彼の過去ツイートによると、2000年代が同時代の刺激を浴びたもっとも多感な時期で、それは保坂和志の評論だったり、海外と国内のSF小説だったりしたらしい。僕は2000年当時、東京の大学生だった。といってもすでに25歳になっており、どこか冷めた目で時代を見ていた。やけくそでモーニング娘。にハマっていたほどだった。だから僕の主戦場は1990年代であり、名古屋大学の映画研究会に通信高校生の分際で籍を置き、馬鹿みたいな映画を撮りまくって周囲から顰蹙を買っていたあの時代が、いまの僕を作ったといっても過言ではない。
きょうはいつものツイ廃から脱却して、ルーティンの音楽鑑賞と散歩をこなし、村上春樹の「めくらやなぎと眠る女」(『螢・納屋を焼く・その他の短編』新潮文庫)を読んでいた。でもどうも読書は進まず、乃木坂46の「sing out!」を爆音でループさせたあと、気まぐれに堀部篤史の『90年代のこと 僕の修業時代』(夏葉社)をちょっと読んでみた。そこに興味深いことが書かれてあったので引用する。
「十曲の自然かつ意外な流れを生み出すためには数百曲、数千曲のストックが必要になる。反対に言えば、ジャンルやスタイルを問わないあらゆる音楽を収集しつづけることで、はじめて個性的な「つなぎ」が可能になる。」
「だから長い間、ロックやソウル、ワールドミュージックにジャズとすべてのジャンルにおいてでたらめな順番で、膨大な量の音楽に触れ続けてきた。名盤も珍盤にも貴賤はなく、古典的名作も評価の定まらぬ新作も順序なし。ビートルズもマイナーなファンクバンドも、前衛音楽も並列に聴き漁った。系統だった知識もないくせにと責められれば言い返す言葉もないが、音楽本来の自由な聴き方だと開き直ることもできる。デタラメなレコードの買い方をすることでハズレや失敗も多かったが、いつかどこでつながり、理解できる日が来るという思いが、未知のものへの投資に対して背中を押してくれた。自分たちだけが特別だったのではない。あの頃はそんな時代だった。」
つまりは「紙飛行機」の感想はこのような雑食性の大事さということに尽きるのだ。この90年代の感覚は2000年代にもあったのではないか。そしてそれはいまの時代を最大限に吸収しているだろう若者たちの2010年代においても変わらぬことではないかと思う。
松原
2019年5月22日水曜日
二十三通目 2019年5月22日
松原様
少し返信が遅れましたことお詫び申し上げます。利潤率が大まかにまだ一割未満であるにも拘わらず職場の従業員としててんてこ舞いしており、自身の寝食の具合や脳天に正午が下ったかどうかも定かではない次第にございます。悪しからず考えて頂ければ幸いにございます。
さて。昨日の(?)音楽に関するツイッター上でのやり取りが印象に残っています。東京文フリの前日に、私は松原様に確かにCDを、今となっては象徴的な数字になってしまいましたが、十枚きっかり、お貸ししました。それは私にとっては、こんなことを言って憚りませんが最もお気に入りの小説よりも影響を受けたかもしれない音楽を選りすぐったと言えるほどのものです。しかし、これも私の好む傾向にリスペクトを捧げる意味でも、数分間のうちに即興のように選んで自分でも乱暴と思われるほどのスピードで選びカバンに投げ入れて例の映画鑑賞の場に持ち込みました。僕はやはり、音楽は限界のところでは即興性に支えられていると思っています。ある程度計画はあるかもしれない。前に進む、少なくとも自分がそう思いたい為に手掛かりとして例の計画とか、メロディと伴奏という二分法とか、旋法とかコード理論とか楽典とかスペクトラム分析(1/f揺らぎではないけれどもフーリエ級数展開とか)とか音律とか展開の分類とかその他の形式的手法などを手に取るがその先にあるのは即興。音が発生するのはマイクに入りあるいは弦が震え膜が完全な張力を保ちつつたわむその瞬間であり、その膜のたわみと撥が反発しまた受け入れられるその瞬間であり(これはマジ話です)、それは白紙に照射される焦げた影よりも脳の伝達スピードの方に近いスピードで発生するのであります。でありますので僕の選んだ十枚のディスクはそのスピードに足並みを合わせた各種作家、演奏家であると私は勝手に思っています。保坂和志も言ってましたが人間はなんで今に至るまでジャズを演奏するように小説を書けないのでしょうか。そうしている、そう試みている人はいるのかもしれないが本当にわずかです。あるいは全て即興であるという立場に受容する側が立たなければならないのかもしれない。その層において読む。そんなことが出来るのは後藤明生だけじゃないか。身に染みた二分法が実に憎い。
実に混乱した文面ですが、以上としまして返信とさせて頂きます。課題図書の『百年の孤独』、面白いのはわかっていましたが批判的な意味も含めて楽しく読み進めています。同時にドストエフスキーの「ロシアの文学について」、フロイトの「モーセと一神教」などを読み進めています。
追伸
先日お勧め頂いたヘルマン・ヘッセの「読書について」の記述、非常に気になります。私は急いでいますが図書館に行くような時間も取れず、気が狂いそうです。一体この世では何が起きているんでしょうか。「著者の遍在性」についてもむろん、非常に示唆を得てことあるごとに考えていますが、それに対して何か言うということが出来ずにいます。何かわかりそうになったら、お耳に入れて頂けると有り難いです。
P様
2019年5月15日水曜日
二十二通目 2019年5月15日
文学フリマ、ありがとうございました。お陰様で、今回の文フリはメルキド出版史上最高の売り上げを記録しました。よかったです。
さて前回、前々回と、日本の純文学と翻訳SFの併読という方法論を口酸っぱく説いてきた僕ですが、性懲りもなく今月に入ってからもそれは不変で、テッド・チャン「バビロンの塔」(『あなたの人生の物語』収録・ハヤカワ文庫)を東京行きの新幹線で読み、そしてきょう難儀して古井由吉の「先導獣の話」(『木犀の日』収録・講談社文芸文庫)を読み終えました。その2作の感想を書いてみます。
まず古井のこの自選短篇集を買ったのは、おそらく1998年のことだと思います。蒲田に住んでいるころで、渋谷か神保町の書店で見つけたのでしょう。当時の僕は23歳でありながら浪人生で予備校にすら通わずぶらぶら首都圏を彷徨していました。いま振り返るとこの時期がいちばん本を読んだし映画も観ていました。古井をはじめて読んだのもこのころで『夜明けの家』を蒲田図書館で借りて数篇読みました。そのあとに「杳子」を読んだと思います。逆かもしれませんが。
『木犀の日』は、こんかい読んだ「先導獣の話」目当てで購入したと、これも曖昧ではありますがそう記憶しています。なぜそうだったのかまでは覚えていません。もしかしたら古井のデビュー作だと勘違いしていたからかもしれません。本来のところは「木曜日に」(ことしの1月に読みました)ですが、おなじ1968年発表なので。当時古井は31歳になっています。23歳の僕は古井は遅咲きだなと思ったものですが、僕はもうすぐ44歳になってしまいます。
与太話が過ぎたようです。作品内容について考えてみます。
古井というとその風貌や装幀から枯淡のイメージ、いかにも退屈で古くさく保守的、難解という偏見を抱いてる方けっこういないでしょうか。僕は少なからずそんなうちの一人でありました。こうした誤った先入観は大江健三郎にもありがちなことではないかと思います。ヒューマニズム、知識人、平和憲法、原発反対などの政治的な刷り込みが多いように推測しますが、現に大江のテクストを読めば、そのアクチュアルな現実描写、過激な生と性と死、深甚なる恐怖感と窮境からの魂の救済など、壮大でありながら悪趣味で刺激的な魔的小説思想だということがわかると思います。
翻って古井の初期作に光を当てて考えてみるなら、ドイツ幻想文学の影響とでもいうのか、怪奇で幽玄な短篇の世界に引きずり込まれます。一筋縄では決していかない幾重にも折り重なる描写は分厚く、それでいてどこか儚げなすぐ解けて消え去ってしまいそうな言葉運び。とても魅力的です。後期の『夜明けの家』にもこの神髄は遺憾なく発揮されていると思います。
こうした文学のどこかほの暗い精神的遊戯のような体験は、テッド・チャンの「バビロンの塔」などの翻訳SFの世界にも相通じるものがあると、またもや近視眼的な本同士の結びつきを愚考してしまいます。
ですので今回はここらで止めておきたいです。「著者の複数性」とは一冊のなかだけの複数性だけではなく何千冊、何万冊もの複数の本と本の関係のなかの「著者の遍在性」というようなものがあるのではないかと、最後に付け足しておきます。
松原
2019年5月7日火曜日
二十一通目 2019年5月7日
松原さんへ
昨日の文学フリマ、お疲れ様でした。メルキド出版の機関誌である「マジカント」の二号が、飛ぶように売れていくのを横から呆然と眺めていました。青木淳悟氏が目の前のブースにいたことを指摘して頂き、何を言ったかは忘れてしまったけれども読書会の冊子を渡して幾らか話したこと、また二次会で徘徊さんや金村さんを交えて縦横に語った「文芸」の今後についての話など、とても良い刺激になりました。
その二次会でのお話と今回の書簡をつなげるとすると、飛浩隆の文芸誌への参入や、イーガンのテーマと「TIMELESS」との比較など、いわば「ジャンル小説」と呼ばれるものと純文学とされるものの境界は日増しに曖昧になりまた相対化されつつあり、またそうなるべきものであり、どちらにしても良質な、言葉を使った技芸という意味での「文芸」があり、また良質でないものもありうる、という考えてみれば当然の事実があるわけですね。
僕が完全に文学の方向に舵を切り、ゆえに過剰にSF方面への情熱を抑圧することになるのですが、その直前にいたく影響を受けた作品の双璧が、筒井康隆の「虚航船団」と、夢野久作の「ドクラ・マグラ」でした。狂気とSFと小説の要素が渾然一体となり、大掛かりな構えで他の小説をインパクトの上で封じ込めるという、かつてない衝撃を得たのですが、その時からその二者が、それとなく文学の方向を指し示していたように思います。
僕はやはり身についているので「文学」と言ってしまいます。
その他悲喜劇の問題や韻律の問題、中世の断絶と文明開化と改元と鎖国、古事記と日本書紀と平清盛と天皇と物語とデリダとドゥルーズとウェルベック、ラヴクラフトとアーサー・マッケンとホフマンとホフマンスタール、トーマス・マンとタフマンとユーミンの話など、今後勉強を重ねなければとの思いを新たにしました。
それほどのことを視野に入れながら尚飄々と生き長らえるように書くことというのは、やはり途方もない所業なんではないでしょうか。
千坂恭二氏のツイートで、「ニーチェから「権力への意志」の著作を除くとしたら、マルクス・エンゲルスの「ドイツ・イデオロギー」もそこから外されなければなるまい」というのをふと思い出しました。ニーチェの「権力への意志」は、確か妹でしたか、遺稿の中でも一つの著書に纏めようとされていたものをかき集めて一つの著書として出版したというものだった気がします。それを主題としてクロソウスキーが「ニーチェと悪循環」を書き、ドゥルーズが「千のプラトー」を書いたわけですが……著者の複数性を気持ち良く受け入れて書いている本は実に風通しがいいように感じるのですが如何でしょうか。
Pさん
2019年5月2日木曜日
二十通目 2019年5月1日
4月は体調が悪くて、あまり本を読めず映画も観られずCDばかり聴いていました。読み終えた作品といえば、フィリップ・ソレルス「挑戦」、ウィリアム・ブレイク「無心の歌」、そして先日の読書会の朝吹真理子『TIMELESS』くらいです。これではいけないと思い、きのうからグレッグ・イーガン『ビット・プレイヤー』に取り組みました。といっても今回はその表題作のみの感想を述べてみます。
このギミック(世界設定)、最初はなにがなんだか判らずに読んでいました。読み終えたいまでもしっかりとはひとに説明することは無理そうです。しかしそんな表象不可能性こそ文学だと思います。19世紀の心理小説なんかは言葉ではいい表せない精神の襞をいかに言葉で表現するかが主眼となっているように思います。それは20世紀も引き継いだ問題なのでしょうけど、1961年生まれのイーガンはSFというジャンルを借り受けて、個人ではない世界の表象不可能性を描こうとしているようです。それは作中でも語られるメルヴィル『白鯨』にも通じるあらゆるものを丸呑みするようなうつろで巨大な鯨みたいな世界にどう対峙すればよいのか、という極めて現代的なアプローチだといえます。
先月に『TIMELESS』を読んだことは前述しましたが、イーガンとはあまり接点がないように思えるこの作品もたぶんにSF的な手法で世界について思考している小説です。ここでは戦争や震災と家族の生活が混ざり合って描かれるわけですが、その混成ぐあいがとてもキュートです。朝吹のユーモアとイーガンのひとを食ったような書きぶりには少なからず共通項がある。僕が続けて読んだからそう感じただけなのかもしれませんが、日本の純文学と翻訳SFを並べて読むという、まえまえから僕が提唱している読書法は、手前味噌になりますが、新しい知見を開くにはやはり有効な手立てのように考えます。
といってここでなにか目に見える成果を書け、といわれても、まあそれはおいおいと煙に巻くことにします。
僕はいままでいいかげんな読書しかしてこなかったと、胸を張っていえてしまうほどの小説の門外漢です。ですから小説への渇き、不満感はけっこう強く、この書簡を通じてたびたびもっと勉強したい、もっと本を読みたいと繰り言のように宣ってきました。それは死ぬまで続きそうな気配です。とりあえず明日も本を読むことにします。おそらくSFです。
松原
2019年4月23日火曜日
十九通目 2019年4月23日
僕は哲学の根源という影を追ってギリシャ哲学の、プラトンが著書に遺したソクラテスの言葉の以前にあったとされる哲学者の言葉を追っているのですが、これが哲学の基礎に当たる物なのでしょうか。それとも、教科書的記述に則って哲学史の概要をまずはなぞることが学問の基礎なのでしょうか。その「教科書」のパロディーのような事をした最初期のドゥルーズは、やはりすごいと思います、示唆によって読者に向かって空間を作る手腕というか。引用によってしか伝えないという縛りのもとで、あれほど何かを雄弁に語っている手腕。あの中で、いくつかの軸(進化、社会性、(個と、集団の)生物)を中心として、決してどれにも回収されない、空間としか言いようのない読書、というか知る事の体験は、他のどんな書物でも簡単には得られないものでした。「キリストからブルジョワジーへ」については、反対に、なんとなくの意図は掴めた気がするのですが、それ以上の事についてはわかりませんでした。そういっていいかはわかりませんが、ベケットの初期の評論と同じような読後感でした。「無頭人」のマニフェストを斧で縦に割り切るようにして語っていたバタイユの語り方とは、難解さにおいても、「何を言ってるんだかわからないにしても何かを言われたという衝撃は残る」という感触に比べて、未だに巻かれたクダがまだその辺に渦巻いているといったような感じです。話が逸れましたが、お勧めされた「狂気について」(渡辺一夫)を読み始めました。この著者、翻訳者については全く知らなかったのですが、フランス中世の文学について研究していたということで、興味深く読んでいたのですが、表題作の冒頭から、
「――病患は、キリスト教徒の自然の状態である」
という重苦しい文言の引用から入っていて、キリスト教と精神分析の繋がりについてあれこれと考えが捗るのを抑えつつも続きを読むと、
「人間はとかく「天使になろうとして豚になる」存在であり、しかも、さぼてんでもなく亀の子でもない存在であり、更にまた、うっかりしていると、ライオンや蛇や狸や狐に似た行動を……」と、人間の狂気の形態を、動物化することに例えているくだりになり、またしても「本能と制度」を思い出さざるを得なくなり……「狂気が持続しない狂人が天才である」という部分は、ニーチェの言う強力な健康状態と似たものと思えば良いのでしょうか……激情や酩酊が狂気に連なるというのは、感覚的にもそう思ってよい物なのでしょうか、やはり理性の対立軸として狂気があるというような……それとも狂気という語自体がそれくらいの意味合いしか持ち得ないのでしょうか、そんな気もしてきますが……
対話、往復書簡という形式を逸脱しているようで申し訳なく思います。土曜日に延期された読書会の準備も進めたいと思います。僕も変わりやすい気温と気圧にやられて調子の狂った日々が続いていますが、互いに健康に気をつかいながら日々を乗り越えていきましょう。
Pさん
2019年4月16日火曜日
十八通目 2019年4月16日
まえにPさんが薦めてくれたフロイトの『自我論集』を手にしました。そこでの「欲動とその運命」の冒頭が、前回の書簡の疑問に対して明瞭な考察になっていると思ったので、少々長くなりますが引用します。文中の「科学」を「文学」に変換してお読みください。
科学というものは、厳密に定義された明晰な基礎概念の上に構築すべきであるという主張が、これまで何度も繰り返されてきた。しかし実際には、いかなる科学といえども、もっとも厳密な科学といえども、このような定義によって始まるものではないのである。科学活動の本来の端緒は、むしろ現象を記述すること、そしてこの現象の記述を大きなグループに分類し、配置し、相互に関連させることにある。この最初の記述の時点から、記述する現象になんらかの抽象的な観念をあてはめることは避けがたい。この抽象的な観念は、新たな経験だけによって得られるのではなく、どこからか持ち込まれたものである。そして経験的な素材を処理する際にも、抽象的な観念を使用することはさらに避けがたいことであり、これが後に科学の基本概念と呼ばれるものとなるのである。こうした観念には、最初はある程度の不確定性さがつきものであり、明確な内容を示すのは不可能なのである。こうした状態では、抽象的な観念の意味を理解するには、経験的な素材に繰り返し立ち戻らなければならない。これらの観念は一見したところ、経験的な素材から取り出したようにみえるが、実は経験的な素材の方が、こうした観念に依拠しているのである。このように厳密な意味では、こうした観念は〈約束ごと〉としての性格を備えたものである。問題は、それが恣意的に選択されたものではなく、経験的な素材との間の重要な関係に基づいて決定されているかどうかである。しかもこの経験的な素材との関係は、明瞭に認識し、証明できるようになる以前に、われわれが〈感じる〉ものである。該当する現象分野を徹底的に研究した後になって初めて、科学的な基礎概念を厳密に把握し、さらに修正を加えながら広範に使用し、矛盾のないものに仕立て上げることができるのである。科学的な基礎概念を定義できるようになるのは、この段階になってからだろう。しかし知識は進歩するものであり、定義も固定したままであることはできない。物理学が見事に実例を示したように、定義によって確定された「基礎概念」の内容も、絶えず変化するのである。
(S・フロイト『自我論集』ちくま学芸文庫・中山元訳)
あと「狂気」に関しては、渡辺一夫「狂気について」(岩波文庫)が大いに参考になると思います。
僕は基礎的なことにそろそろしっかりと取り組まないと後がないようです。
この書簡で尻を叩かれました。Pさんに感謝しています。では返信を楽しみにして、自分の畑を耕したいです。
松原
2019年4月9日火曜日
十七通目 2019年4月9日
松原さんへ
令和に関しては、今の所騒々しく言い立てること自体が下手を踏むような気がしているので、積極的に触れることはありませんでした。個人的にも思うところや引っかかる点も松原さんのようにはあるわけではないので、今後何事かない限りは触れずに済ませるかもしれません……。
平凡な問いになりますが、改めて、小説を書くのに必要な学問とは、何なのでしょうか? また、そもそもそんなものはあるのでしょうか?
以前にもこんな話は、どこかの対話でしたように思います。結論としては、映画など他の世界からの流入が小説には是非とも必要で、小説自体から(を題材にするように)小説を書くといったようなことは、止した方が良い、ということになっていたように思います。しかし、後藤明生のような作家がいる、また、偶然図書館でフォークナーの「八月の光」を再読し、これは読まなければならないという思いに駆られつい借りてしまうなどしましたが……。
「荘子」も図書館で借りて読んでいるのですが、あれを「狂的」の一つの様相とした白川静の「狂字論」という論考があるのですが、僕の読みが浅いだけかもしれませんが、実にマトモな、というか勇気を得られる気宇壮大な生き生きとした普通の話であるように感じました。ニーチェやアルトーのような、引きずり込まれるような狂気、それでも読むべきなのか試されるような読書ではありませんでした。しかし、やっぱり深いところまで入り込めないせいなのかとも思いますが……。
狂的であるとかないとかいった、帯の文と同じようなレベルにある世評はあまり宛てにもならないとは常々思っていましたが、狂的だと言われている諸々の著者はほとんどがマトモであり、強靭な思考力を持っていると思える人々が多数いて、白川静の「狂字論」に戻ると、中国の文字文明が生まれてから現代に至るまでの途方もない時間の間に、ある時は狂的な存在が正統とされ他が排斥されたり、次の時代には揺り戻しが起こったりなど、「狂」のさまざまな様相が描かれており、うっすらとではありますが、フーコーの「狂気の歴史」を踏まえた発言などもありました。
保坂が静的な精神のありようとして排除している情報主義を「辞書的記憶」とかとも表現していたように思いますが、白川静はその「辞書」自体のあり方を内側から変えていたといえると思います。しかし、その傾向が強いのは「字統」や特に「字訓」であり(字訓は辞書として、文化の交接点を探る本当に画期的な試みだったと思います)、それらを普及用にまとめ上げた「字通」は、その一書を一人の人間だけで書き上げたというのは覗いて、やはりいわゆる辞典的な記述に戻っていったように見えます。
一方で、十何人の口伝をまとめたフィクションがあった時代から、現代は基本的に小説は一人で書く(それが表現であるから)、辞書は複数名で書く(規模が大きいから)といった常識がまかり通っているのは何によってだろうか、という疑問も、このあたりのことを考えていると浮かんできます。
今まで何回か、複数名によって小説を書くという試みをしてきていますが、その辺りのことの具体的な解決にはなりませんでした、やはりそこには「書かれたもの」と「著者」との、時代に深く刻まれた立ち位置みたいなものが反映しているのでしょうか。
その辺についてはどう思われますか?
Pさん